誰にでも,苦手なものがあったり,苦手な人がいたり,苦手な対象の1つや2つはあるものだと思います。苦手なものや人のことを考えないようにする、苦手を意識しないように努めることがありますが,このような方法は、苦手意識の軽減や克服につながるのでしょうか。
 たとえば,人前での発表が苦手な人に、発表前には「苦手意識を捨てるんだよ」とアドバイスをしたり、発表がうまくいかなかったときには「気にするな」と声をかけたりすることがあります。このような声かけの仕方は、苦手意識をよりいっそう強めてしまうそうです。
 これは、思考抑制の逆説的効果といわれる現象と関連しています。思考抑制の逆説的効果とは、あることがら(思考)を考えないように努力するほど、そのことがらに関連した思考が頭に浮かびやすくなってしまう現象のことです。たとえば、苦手なクラスメイトのことを考えないようにしようと努めるとします。考えないようにするためには、頭に浮かんでくるクラスメイトの顔や行動を抑えこもうと、多くのパワーを要します。また、考えないようにしているときには、なぜか、そのクラスメイトの声や話題が耳に入りやすくなってしまうものです。
 このように、考えないようにしようと強く思うほど、苦手なものや苦手な人のことが気になってしまうという悪循環に陥ることがわかっています。これとは逆に、苦手なものや苦手な人のことが頭に浮かんできたとしても、無理に消し去ろうせずに自然にまかせておいたり、別のことを考えるようにしたりするほうが、苦手なものや苦手な人に関連する思考は増幅しないようです。
 問題から意識をそらしても何も解決しないように思われがちですが,苦手であることを気にしない、考えないようにすると,かえって苦手意識を高めてしまうこともあります。そのため,時には苦手なことや苦手な人から意識をそらし,気を楽にすることをおすすめします。

 

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日向野 智子(Tomoko Hyugano)

プロフィール
専門:対人社会心理学
略歴:2003年、昭和女子大学大学院生活機構研究科博士課程修了(学術博士)。東洋大学21世紀ヒューマン・インタラクション・リサーチ・センターPD、立正大学心理学部特任講師を経て、2013年より現職。

 私は,主に「臨床心理学」や「ひきこもり」のことを専門にしています。
 はじめてひきこもりの人と直接かかわるようになったのは,まだ大学生で臨床心理学を学び始めたばかりの頃,ボランティアとしていくつかの「居場所」や「フリースペース」と呼ばれる集まりに参加したときでした。ボランティアとして参加するまで,ひきこもりの人とほとんどかかわったことがなかった私は,当初は「ひきこもりの人って,みんな落ち込んで元気がないんだろうな」,「みんな部屋の端で黙ったままなのかな」と想像していましたが,良い意味で裏切られました。もちろん,緊張からか,なかなか周囲の人との話に参加できないような人もいましたが,そのような人ばかりでもなく,初めてのボランティアで緊張気味の私よりもむしろ積極的に話しかけてくれたり質問してくれたりする人もいて,本当にさまざまでした。そのとき私は正直なところ,「なんでこんなに元気なのにひきこもりなんだろう」と疑問に感じ,スタッフの人に尋ねると,「実際にはあの人(元気にみえるような人も)大変な状況なんだよ」と教えてもらって驚いたことを覚えています。

 

 このようなきっかけでかかわり始めた「ひきこもり」ですが,ひきこもりの人は,どのくらいの年齢の人か,みなさんご存知でしょうか?ひきこもりのことに関心をもってくれた大学生に尋ねると,「中高生くらい?」や「大学生くらい?」という印象を持っていることが多いように思います。しかし実際には,私も初めて知ったときは意外に思ったのですが,30~40代の人がもっとも多いという調査結果がいくつも報告されています。そのため,最近では,親子ともに「高年齢化」したときにどのように生活を成り立たせるかということそのものも大きな問題です。

 

 いま振り返ると,私が臨床心理学やひきこもりのことを取り組むようになったのは,自分が思っていた常識と実際のズレに驚き,「なぜだろう」と疑問に感じたことが1つのきっかけかもしれません。

 

野中先生
野中 俊介(Shunsuke Nonaka)

プロフィール

専門:臨床心理学
略歴:早稲田大学大学院博士後期課程修了。博士(人間科学)。臨床心理士。民間相談機関カウンセラー、東京都公立学校スクールカウンセラー、国立精神・神経医療研究センター非常勤研究員などを経て現職。

「地域で子どもを育てる」

 これは、近年の子育て支援のキーワードです。私自身の3人の子育てを振り返ってみても、核家族の子育ては想像以上に大変でした。私の実家は遠い九州。頼る人も周りにおらず、地域に溶け込むまでにかなり苦労しました。ですので、老若男女を問わず、どうすれば地域の方が子どもたちに関心を持ち、みんなで地域の子どもの育ちを支えることができるのかを考えることが私の博士論文のテーマでした。

 

 発達心理学では、親から子への愛情を母性や愛着などという概念で語ることが多いのですが、親子関係を超えた地域の子どもへのまなざしは、養護性という概念の当てはまりがよいように思えました。地域の子どもたちに対する養護性が育まれると、みんなで子育てという風土ができるのではないかと考えました。

 

 では、どうすれば「地域の子どもへの養護性」が形成されるのでしょうか?そのことを追求するために、子育て経験がある大人の人達にインタビューを行いました。すると自分の子どもを超えて地域の子どもへの養護性が高い人には特徴がありました。

 

1.幼少期に親以外の大人(地域の大人や親せき)から、声をかけてもらったり、

かわいがってもらった経験がある、

2.家庭がオープンで、様々な人の出入りがあった、

3. 異年齢で遊んだ経験があった、ということでした。

 

 1~3までの内容は、単純に見えますが、現代社会の中で保障していくのは案外大変なことです。しかし、このような経験を意図的に作ってあげないと、次の世代では、地域の大人として、地域の子どもたちへの養護性が育まれないかもしれないのです。それでは、どのような方法で?どのような形のものを?

 

 このように社会の問題を明らかにし、具体的に介入していく、これが私の専門とするコミュニティ心理学です。ぜひ皆さんも子どもが豊かに育つ社会を目指し、共にコミュニティ心理学や発達心理学を学んでいきましょう。

 

togo_etsuko
藤後 悦子(Etsuko Togo)

プロフィール

専門:コミュニティ心理学

略歴:立教大学、 筑波大学大学院兼任講師を経て、現在に至る。学術博士(筑波大学)、臨床心理士。学校・保育・子育 て・スポーツ分野での臨床。放課後子ども教室や学童のスタッフ研修などを担当。

 毎日、全国各地でいろいろな犯罪が起きています。大きな事件が起きるたびにテレビ等のマスコミから出演を要請されてコメントを求められます。そこでよく聞かれるのは「先生、犯罪者ってどんな人なんですか?」。
 皆さんはどう思いますか?
 「犯罪者っぽいね」っていう表現に「黒いコートを着て、帽子をかぶり、サングラスをかけている」ってイメージや、「すぐに人を攻撃するようないかつい雰囲気」とかを連想しがちですが、そんなタイプは稀です。犯罪者という人がいるのではなく、普通の社会生活を送っている人が法を破れば犯罪者になっているだけ。つまり、私たちをと何も変わりはないのです。もちろん私たちも気を付けていないといつ犯罪者になるかわかりません。
 法を破ることは、絶対にないと言い切れる人は稀でしょう。自転車で歩道を走っている人はいませんか?横断歩道でないところで道を渡ったことがある人はいませんか?これらも立派に法を破っているという面では犯罪です。私たちも他人ごとではないのです。
 犯罪心理学は、こうした犯罪者の「犯罪に至る心理」を研究するものだと思われがちですが、実はその先にある犯罪者の「社会復帰をいかにさせるか」に焦点を当てています。講義の中で、学生たちは毎回事例を分析し、その先にある社会復帰をいかにさせるかを考えています。皆さんも事件に触れたとき、こうした視点で犯罪を、犯罪者をとらえてみてください。
 なによりも犯罪が繰り返されないために。
 

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出口 保行(Yasuyuki Deguchi)

プロフィール

専門:犯罪心理学、臨床心理学、青年心理学

略歴:大学院修了と同時に法務省に心理職として入省。全国の少年鑑別所や刑務所で犯罪者の心理分析を担当した。現在もマスコミにおける犯罪解説やバラエティ番組出演も多数。

 心理学のなかに認知心理学という分野があり、情報処理の概念に基づいて人間の知的な働きについて取り上げています。例えば、環境からの情報を見たり聞いたりする「感覚(知覚)」、情報を取捨選択する「注意」、覚えたり思い出したりする「記憶」の働き、問題を解決したり推理する「思考」などが代表的なテーマになります。コンピュータのように一度に多くの情報を処理することはできませんが、人間ならではの認知のメカニズムを解明しています。基礎的な心理学の分野ですが、子どもの安全といった実践的な問題についても考えることができます。
 
 子どもたちはいろいろな場面でのびのびと楽しく遊んでいますが、時には転倒したり、誰か(何か)とぶつかったりと危険な目にあうこともあります。いわゆるヒューマン・エラーの問題になりますが、なるべく事前に予防することが大切です。ただ、幼い子どもたちの行動の特徴として、次にどのような行動をとるのか予測しづらいところがあります。大人が思いつかないことを考えたり行動したりすることが子どもたちの魅力の1つとも言えますが、それゆえ危険な状況から守るのは難しい面もあります。幼稚園や保育園では、多くの子どもたちがいっせいにそれぞれの行動をとることもあるので、より一層難しくなると言えます。
 
 子どもたちを危険から守る大人の側から認知の働きについて少し考えてみます。まず「感覚」については、視覚・聴覚・触覚などの感覚情報をバラバラに処理するのではなく1つのまとまった情報に統合することによって、危険な状況をより早くとらえることにもつながっていきます。「注意」については、情報の選択だけでなく、情報をどのように配分するのか、どのような順序でとらえるのかといった工夫をすると、見間違いやうっかりミスを減らすこともできます。「記憶」については、子どもたちを危険な状況から守るためには、とっさのときに必要な情報をすぐに思い出すことが求められます。覚えた情報をとり出す想起のプロセスが大切になります。「思考」については、危険を回避するにはとっさの判断が必要になってきますが、その際にどのような意思決定のプロセスがなされているのかを解明することは誤った判断を防ぐことにもつながります。
 
 いずれも基本的な認知のメカニズムに関するものです。瞬時に対応するため自分自身でも気づかないことが多いのですが、さまざまな認知プロセスを活用して子どもたちを危険から守っていると言えます。すでに多くの研究やプログラムが行われていますが、子どもたちが安全にのびのびと遊ぶことができるよう、認知心理学からどのようなことができるのかさらに考えていきたいと思います。
 

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坪井 寿子(Hisako Tsuboi)
プロフィール
専門:認知心理学、発達心理学
略歴:学習院大学大学院博士後期課程中途退学、大学入試センター(非常勤)、鎌倉女子大学専任講師を経て本学に勤務。臨床発達心理士、学校心理士。

演奏が映し出すもの

2018年4月13日 投稿者:竹内 貞一

演奏が映し出すもの

「表現する(express)」という言葉ですが,英語の綴りからは,ex とpressに分解されます。つまり「内」にあるものを「外」に引き出すことです。「表現」というのはまさに表現者の「心の内にあるものが外在化したもの」と捉えられます。そして芸術表現というのは,芸術家の心の深淵から湧き出したものが伝達されるということだと思います。

「音楽」も表現ですが,世間では本当に音楽を「心の内にあるものが外在化したもの」として捉えているでしょうか。言葉とは裏腹に「テクニック」として聴く風潮が感じられます。特に専門的な音楽訓練を受けた人の方が,技巧面に興味関心が集中しやすいように思います。「きれいに」「上手に」「間違いなく」が絶対条件となり,テクニックの呪縛から,ステージ上で震えるばかりで十分に表現できない演奏家もいます。演奏者の心の深淵を感じられる演奏に出会う機会は本当に少ない印象があります。本当にそれで良いのでしょうか。

音楽演奏は,多くの場合「楽譜」を間に挟んで,その作品を書き残した作曲者と演奏者が向き合います。作曲者と向き合い「楽譜」からその心情を読み取り,そこに書かれた内なる必然を実際に鳴り響く音にする作業,その「対話」が演奏者の役割だと思うのです。

心理療法には「芸術療法」という分野があります。セラピストはクライエントが描いたものや表現したものを受容しつつ,その表現が出てきた背景や,内面にうごめくものを「理解」しようと努めながら,作品や表現者に向き合うことが求められます。であるとすれば,作曲家が表現したものを理解しようと真摯に向き合う演奏者というのは,あたかもクライエントが表現したものに向き合うセラピストのようにも見えてきます。心の深淵を感じる演奏というのは,作曲者と演奏者の対話の深さと関係があるのかもしれません。物質的な実態がない音楽という現象を考えてみると,心理学的にとても興味深いですね。

 

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竹内 貞一 (Teiichi Takeuchi)
プロフィール
専門:音楽教育学、音楽心理学、芸術療法
略歴:東京学芸大学大学院音楽教育専攻修了。早稲田大学大学院心理学専攻修了。臨床心理士。スクールカウンセラー、教育相談、小児医療における心理療法・査定に従事。

こども心理学部の英語教育では、音声面のトレーニングを重視しています。1年次春学期の必修科目「英語 I」、秋学期の必修科目「リスニング」では、英語の発音と聞き取りの基礎を学びます。本学の一般入試「英語」は、2013年度以降、すべて発音に関する問題で始まります。これは、「未来大に入ったら、英語は『英語の音の世界』で学ぼう」という授業担当者の基本姿勢を表明するものでもあります。

 

英語の子音の中には、日本人には発音がむずかしいとされるものがいくつかあります。lightの[l]、motherの[ð]、fiveの[f]と[v]などが代表的でしょう。しかし、意外にむずかしいのが[n]の発音で、特にsenseのnのように語中(単語の中間の部分)に生じる[n]は、なかなか身に付きません。なぜでしょうか。実は、母語である日本語が英語の[n]の習得を妨げているのです。

 

英語のnは、単語のどこに生じても[n]で発音され、上の前歯の歯茎の裏側に舌先をつけて、鼻から息を出します。これに対して、語中に生じる日本語の「ン」には4通りの発音の仕方があり、直後にどのような音が続くかによって使い分けるのです。

 

アンパンマンと彼のなかまの名前で見てみましょう。ダ行音が続く「てどんまん」の「ん」は[n]、パ行音が続く「アパンマン」の「ン」は[m]、ガ行音が続く「ささだごちゃん」の「ん」は[ŋ]、そしてサ行音が続く「ウーロさん」の「ン」は[ɴ]となります。大切なのは[m][ŋ][ɴ]の発音では、[n]と違って、上の前歯の歯茎の裏側に舌先は接触しないという点です。

 

私たちは普段、日本語の音の世界に慣れているため、英語senseのnを、どうしても[ɴ]で発音してしまいがちです。それは直後に[s]が続き、まさしく「ウーロンさん」と同じ状況になっているからです。もしsenseのnを正しく[n]で発音すれば、[n]と[s]の間に[t]の音が自然に出現し、sen(t)seのような音になります。[n]の発音が終わって舌先が歯茎の裏側から離れた瞬間に、破裂音[t]と同じ効果をもたらすからです。これは余剰子音と呼ばれます。

 

安倍総理のお名前、「晋三」さんの中の「ん」は、直後にザ行音(サ行音の有声化)が続きますから、はやり[ɴ]で発音します。しかし、Shinzoとして英語の音の世界に持ち込み、正しく[n]を発音すれば、直後の有声子音[z]の影響で余剰子音[t]も有声化して[d]となり、Shin(d)zoのような音になる、([n])ですよね、トラ([m])プさ([ɴ])。

 

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宅間 雅哉(Takuma Masaya)
プロフィール
専門:英語学(史的研究)、イギリスの地名研究
略歴:国際基督教大学大学院教育学研究科博士前期課程修了。山梨英和大学教授を経て、2012年より東京未来大学教授。