障がいのあるなしにかかわらず「様々な子どもがいることが当たり前」とする教育のことをインクルーシブ教育といいます。このインクルーシブには「共に」「排除しない」「どの人も受け入れる」という意味があります。男の人も女の人も、自国の人も外国の人も、障がいのある人もない人も「様々な人が共にある」という考え方を大切にしています。

 2006年に国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約」には、教育(第24条)について次のように記されています。「障害のある人が障害を理由として一般教育制度から排除されないこと(Persons with disabilities are not excluded from the general education system on the basis of disability)」。さらに、「学問的及び社会的な発達を最大にする環境において、完全なインクルージョンという目標に合致する効果的で個別化された支援措置がとられること(Effective individualized support measures are provided in environments that maximize academic and social development, consistent with the goal of full inclusion.」。

 我が国でもインクルーシブ教育の実質化に向けて、特別支援教育を中心に子ども一人一人を大切にする教育、インクルーシブ教育システムの構築に向けた取り組みが進んでいることは喜ばしいことです。

 特別支援学校や特別支援教育の取り組みではありませんが、「子ども一人一人を大切にする教育」に取り組んでいる足立区の小学校での実践について、「これからの教育・福祉を考える会主催の研究会(事務局:上田征三・岡本明博)」で聞く機会がありました。元小学校校長の小池康之先生(足立区教育委員会委員)は、子どもの「やりたい」を大切にし、子どもが自分なりに学力を伸ばしていけるよう、多様な学びの機会を用意してこられました。例えば、モーニングスクールを子どもの習熟度に応じて実施されました。そのもとになるのが「学力ポートフォリオ」です。「学力ポートフォリオ」とは、子どもの単元別テストの結果を入力した結果一覧のことです。さらに問題ごとに子どもの正答率を把握するために「S-P表」も活用されています。「S-P表」のS:Student score(得点)、P:Problem score(正答数)を意味し、S-P表は子ども一人一人の正答、誤答の状態を一覧表にしたものです。この小学校の先生方はこれらのデータを分析し、一人一人の子どもの学習状況を客観的に把握し、次の手立てを個別に考えます。印象による漠然とした目標ではなくデータ分析から導き出された目標を立て、具体的に学習を支援します。これら一連の取り組みを特別支援教育では、個別の指導計画といいます。他にも「さかのぼり学習(プリント)」、勉強が遅れがちな子どもを校長が個別に指導する「プレジデントタイム」、「夏季集中講座」なども実施されています。小池先生は「子もが将来に夢を持ち、希望に満ちた学校にするには、まず毎日の授業を充実させ、基礎学力をきちんとつけることが大切です」と話されます。この足立区の小学校での取り組みは、特別支援学校や特別支援教育の実践ではありません。目の前にいる一人一人の子どもの「勉強がわからない」「聞き取れない」、本当は「学びたい」「知りたい」「やりたい」という気持ちにどうしたら応えられるか、と本気で考えられた通常学級での取り組みです。

 私は校長をはじめとする先生方が、目の前にいる子ども「一人一人を大切にしたい」と本気で思い、本気で取り組まれたからこそ実現することができたのだと思いました。足立区の小学校で行われている教育の実践は、特別支援学校からではなく地域の小学校から生まれたインクルーシブ教育なのだと、「障害者の権利に関する条約」を思い出しながら、この理念の実質化を目指して実践や養成を行ってきた私の心は熱くなりました。

 
 

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岡本 明博(Akihiro Okamoto)
プロフィール
専門:障害児保育臨床学、モンテッソーリ障害児教育学
略歴:筑波大学大学院教育研究科修了。児童発達支援センターで障害乳幼児の発達支援及び保護者の相談援助に従事。その後、長崎純心大学准教授を経て現職。

いつも自由研究のネタには悩まされるのですが、今年の娘の自由研究のネタはすんなり決まりました。何かの折で出掛けたときに出た、「駅のスロープはちゃんと使われているのかな」という疑問を実証してみることにしたのです。ちょうど学校で「バリアフリー」について学んだところでしたので、気になったのでしょう。

そこで、最寄り駅のスロープを観察し、どんな人が階段ではなくスロープを選ぶのか調べることになりました。休日と平日、朝と夕方では通る人の種類が違います。そこで、休日と平日それぞれ二日ずつ、8時台12時台18時台の3回に分けて、観察に出掛けました。そもそも通りかかる人が多ければスロープを使う人も多くなりますから、スロープを使いそうだけれども使わなかった人も数えました。具体的には、子連れ、お年寄り、体の不自由な人で階段を使った人の数も数えました。

その結果、スロープを一番使っていたのはスーツケースなりキャリーなりを引いた人たちで(7月下旬から8月上旬でしたから旅行も多かったのでしょう)、次は自転車の人たちでした。彼らは通りかかればほぼスロープを選びました。お年寄りは(そもそも外見からお年寄りと判定するのが大変難しかったのですが)、実は大半が階段を使っていて、長距離歩くスロープは案外人気がありませんでした。つまり、バリアフリーのために作られたはずのスロープは健常な大人の役に立っていました。これは、年齢や性別、障害・能力の如何を問わずに利用することができる施設・製品・情報の設計である「ユニバーサルデザイン」だね、と言って終わりました。

これは小学校最後の自由研究のお話。だから内容はシンプルなものでしたが、そのプロセスが何と卒業論文と似ていたことか!

うちの卒業論文では、自分で気になることを探して研究することを奨励しています。そのプロセスの中で案外難しいのは、自分なりの疑問を探して、それに執着すること。自分で選んでと言われて困った顔をする学生を何人も見てきましたが、高校までと大学の最も大きな違いはここ、正解がないこと、だからこそ選べることだと思うのです。高校までは教えを乞う生徒ですが、大学では自ら学ぶ学生になります。

これから大学に進学される皆さん、いま大学生活を謳歌している皆さん、ちょっとした疑問を大切にする習慣をつけてください。大人になったら答えがない問題が沢山です。疑問を持って自分で考える力をぜひ大学生のうちに着けましょう。ただし、何も知識がないと考えは発展しません。学生時代に、社会で応用できるだけの十分な基礎知識を詰め込んでおくこともまた、怠ってはいけないと思うのです。

 

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大橋 恵(Megumi Ohashi)
プロフィール
専門:社会心理学、文化心理学
略歴:東京大学文学部社会心理学科卒業
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了
放送大学、東京学芸大学、跡見学園女子大学等の非常勤講師
日本大学大学院での非常勤助手

前を向いて歩こう

2017年1月27日 投稿者:大西 斎

第45代アメリカ大統領にトランプ氏が就任しました。トランプ大統領ほど世界の政情や経済にどのように影響を与えるか先行きが読めない大統領も希有だといえるかもしれません。それは、彼の発言の内容が通常では考えられないことを述べていることとも密接に関連しているのかもしれません。現在社会は、国内の政治は言うに及ばず、国際政治の情勢を見ても非常に激動の時代といえます。

私たちの周りを見渡してみると大企業であっても一寸先は闇です。だれがシャープや東芝が現在のような凋落をきたすと予想したでしょうか。これは国家機関であっても例外ではありません。郵政が民営化され、社会保険庁が政治家の年金未納問題や国民年金不正免除問題、年金記録問題などの不祥事が相次ぐことによる信感から改革によって特殊法人の日本年金機構にされました。また、健康保険については全国健康保険協会に移管されました。

信じられるものが不確かな時代だといえます。それだけに、自ら道を切り開いていくたくましさを身につけていく必要があります。最後のよりどころとなるのは結局の所、自分だからです。自分を高め自分を信じるなかにこそ、新たな自分の将来が切り開かれていくのかもしません。そのためにも、月並みな言い方ですが、一歩一歩地道に努力をしていくことの必要性があるのかもしれません。

よく努力をしても報いられることがないという人がいます。しかし、努力をせずして思っている結果は得られません。努力は必ず報われます。コロンブスは、アメリカ大陸を発見したことよりも発見するために日々苦労していた時の方が幸せだったといいます。私たちは結果に至るため一生懸命努力していくなかに喜びを見いだせるような充実した生き方をしたいものです。

 

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大西 斎(Hitoshi Onishi)
プロフィール
専門:憲法、行政法、国民投票法
略歴:大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程修了
九州産業大学国際文化学部専任講師
九州産業大学国際文化学部准教授
九州産業大学国際文化学部教授

人生の岐路に立ったとき

2017年1月13日 投稿者:及川 留美

大学では幼児教育を専攻していましたが、卒業後保育の職には就かずに一般企業に就職しました。総合職として男性と肩を並べ、とても忙しい日々を送っていました。会社員として勤務し数年が経ち、結婚、そして出産を迎えることに。子育てにおいて親の手を借りることは全くできなかったため、悩んだ挙句に退職をして専業主婦となる道を選びました。 子どもの成長は楽しみだけれど、自分の子どもと向き合うだけの毎日、ちょっとしたことで不安になったりイライラしたり、これはひょっとして育児不安?と思わせることもしばしばありました。

「子どものことについて学んだはずなのになぜ?」これが私の人生の岐路に立った瞬間でした。子育てをしながら学び直しをすることに決め、大学院に通い始めました。保育学を専攻し、育児不安のメカニズムや子どもの育ちにおける環境について研究を始めました。これは現在も追求し続けている研究テーマでもあります。

「誰が子どもを育てるのか?」という質問がされたとき、多くの人は「母親」を思い浮かべることでしょう。男女共同参画社会といわれて久しい現在においても、出産を機に退職し専業主婦となる道を選ぶ女性は大勢います。しかし、母親一人で子育てを担うことは無理なのです。父親や家族のみならず、もっとたくさんの人が子育てにかかわるべきであると考えています。そしてそれは子どもの育ちにおいてもプラスに働きます。

子どもの育ちにとってよりよい環境を準備すること、それは質の高い保育者を養成することにもつながってきます。子どもが健やかに育つ社会を作ることを目指して、これからも研究を続けていきたいと思います。

 

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及川 留美(Rumi Oikawa)
プロフィール
専門:保育学、幼児教育学
略歴:東京学芸大学教育学部を卒業後、一般企業の勤務を経て聖徳大学児童学研究科博士前・後期課程で保育学を専攻。
保育者養成の専門学校・大学の非常勤講師を経て現職。

今回は、私が主催している福祉セミナーについてご紹介します。来年で第10回目となりますが、学生参加も含めて多くの方のご協力をいただいています。

さて、9年前、このセミナーを沖縄県の伊江島で始めたきっかけは、障がい者・高齢者に対する制度・施策が毎年、猫の目のように変わり、学生や若い福祉関係者や障がい当事者などがその制度学習だけに追われ、ヒューマンサービス本来の「人に出会う」機会が奪われていることを何とかしたいという思いからでした。

昨年は、戦後70年という大きな節目の年であり、沖縄戦の本質とは何かを振り返ることは、現代社会で障がいのある人たちと共に生きていくことを考える上でも大きなヒントがあると考えましたが、セミナー後、改めて、そのことを実感致しました。

また、「障害者の権利に関する条約」(以後、「条約」とする)に関して2014年1月20日の批准書を国際連合事務総長に寄託し、これにより、本条約は、同年2月19日に効力を生ずることとなりました。この間、国内外の当事者を含むNGO/NPOの“Nothing about us without us!”(わたしたち抜きでわたしたちのことを決めないで!)という合い言葉に象徴された国連を舞台とした活動や政府に関わる取組から、次に、そのできたばかりの「道具」を、自治体レベルでどのように使っていくかということが問われる段階に至りました。

さらに、研究のレベルでは、障がい児教育や支援は、学際的な取組が求められていますが、例えば、教育の現場では、特別支援教育のノウハウが通常の教育に非常に有効であるという研究や報告が増えています。

今後は、行政やサービス事業者・教育機関などが実践の場で、どのように障がいのある人と向き合っていくかが問われています。学生や福祉関係者にとって、制度に関する正確な知識ばかりでなく、「人に出会う」中から自分の価値観(センス)を磨きあげることが問われるなか、第10回を迎える本セミナーの意義も大きくなっていると考えます。

そこで、学生や若手福祉関係者や障がい当事者などが、沖縄という地域のフィールドワークを通じて、「人に出会う」ことにより、体験的に学ぶことで、一見、無味乾燥な制度の文言が、具体的な意味をもち、自分らしく生きることが阻害されている原因を追求し、今後のあり方や問題意識を高められるセミナーを開催したいと思います。

皆さんのご参加をお待ちしています。

 

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上田 征三(Yukumi Ueda)
プロフィール

専門:障がい児教育

略歴:筑波大学大学院修士課程修了後、知的障がい児・者施設での療育やソーシャルワーク部門設立に従事。1998年から大学で「障害児教育論」等を担当している。主にインクルーブ教育に関する合理的配慮に関する研究を進めている。

みなさん、こんにちは。

こども保育・教育専攻の今井康晴と申します。

 

私は元々、小学校の先生になりたいと思っていました。現在のように大学で教えるということは全く考えておらず、大学生当時の自分が今の状況を知ったらビックリすることでしょう。

 

大学生活を振り返ってみると「楽しい」という一言に尽きる生活でした。念願だった一人暮らしをスタートさせ、何をするにも自由というものを満喫していました。幸い料理も得意であったため食事も自分の食べたいもの、好きなものをつくって食べ、時間を気にせず友達との遊べる楽しみ、自由を満喫していました。

それも、かけがえのない友だちとの出会いがあったからだと思います。「小学校教諭になる」という同じ夢をもって集まった者同士、喜び、楽しさを共有し、支え合い・・・大学生活の思い出には常に友だちと共にありました。今でも連絡をとっており、学生の気分に戻れる貴重な時間が生まれます。まさに、生涯の友だちと出会うというのも大学しかない楽しみでしょう。

 

大学に入ると、学業の他にもアルバイトをはじめました。上述したように料理が得意であったため、特技を生かし定食屋のキッチンのアルバイトを始めました。アルバイトでは、大学の勉強とは異なり社会を学ぶことができました。礼儀作法、言葉の使い方、大学とは異なった仲間との出会い、これも大学ならではの体験かと思います。またキッチン仲間と一緒に調理師免許を取りました。大学の時間を有効に使えたな~と自分自身を褒めてあげたいことでもあります。

 

そして大学院を経て現在に至りますが、基本的にはまず多くの反省を積み重ねました。しかし、後悔はしない生き方を心がけてきました。「後悔先に立たず」という諺があるように、済んでしまったことを考えても過去に戻ることはできません。そうであればその時の経験を反省し、同じ過ちを繰り返さないようにすることを心がけました。

やらないで後悔するよりは、やって後悔する、この気持ちがあればどんなこともプラスに考えることができると思います。

 

学生でいられる最後の時間・・・悔いのないように過ごせることをお祈りしています。

 

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今井 康晴(Yasuharu Imai)
プロフィール

専門:教育学、保育学、教育課程、教育方法

略歴:広島大学大学院単位取得後満期退学。東広島市立小学校非常勤講師、武蔵野短期大学幼児教育学科専任講師を経て現職。保幼小連携、子育て支援についても研究中。

私は、大学を卒業して8年ほど経ちますが、大学生当時の私に会ったら伝えたいことが沢山あります。そのことを、今現在、大学に通っている学生はもちろんのこと、これから大学に入学しようと考えている高校生に、何かのヒントとなればと思い、この場を借りて書かせていただきます。

当時の私は、1・2年生の時はサークル活動中心の生活で、サッカーとアルバイトばかりしていました。3年生になると、人と違ったことがしたいと、配属されたゼミで朝から晩まで、研究活動をしていました。その研究活動が楽しく、大学院に進み、現在では大学教員として仕事をさせていただくまでになりました。今、不自由なく暮らせていることを考えると、当時の選択は間違っていないように思いますし、当時の自分に感謝しています。

しかしながら、当時の自分に会ったら言いたいことがあります。

それは、「もっと欲張ってほしい」ということです。

大学生活の4年間というものは、社会に出るとなかなか得られない、十分な時間があります。サークルやアルバイト、勉強や研究も良いのですが、もっと欲張って、ボランティア活動や資格の取得、海外での活動など、もっと多くの経験・活動をして、もっと多くの学びを得てほしかったです。

大学生というものは、社会人と比較して「失敗して良い」とよく言われます。法律や公共の福祉に反しない限り、大いに失敗して良いと私も思います。それが、学生というもので、社会に出て失敗しないために、学生のうちに失敗して、学んでおくのです。つまりは、学生時代は、多くのことに挑戦する時間があり、その上、多くの失敗をすることが許される希少な時間ということです。こんなに恵まれている期間は、滅多なことがない限り、大学卒業後は訪れないと思います。

多くの学生が、この希少な時間を有効に使ってくださり、ひいては、日本の更なる発展に繋げてくれることを祈っています。

 

 

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泉 秀生(Shu Izumi)
プロフィール
専門:児童福祉、健康教育
略歴:早稲田大学人間科学部卒業、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。早稲田大学人間科学部eスクール教育コーチ、社会福祉士。2012年より郡山女子大学家政学部人間生活学科に勤務の後、2016年より現職。