絶望から始めよう

2019年4月12日 投稿者:大橋 智

みなさんは自分のことを「幸せ」だと思いますか?
 
「幸せ」かと問われたら、今日は電車で席に座れたとか、昨日のランチがおいしかったとか、なかなかとれないチケットを手に入れることができたとか、「幸運」にも日々の生活がよりよくなったことを振り返り、それを「幸せ」だと感じるのではないでしょうか。なにかを手に入れたり、なにかが増えたり、なんらかのポジティブな出来事が、みなさんの生活の中に生まれ、自分のものになっていくと、自分自身がよりよく変化していったように感じるのかもしれません。一方で「不幸」であるのは、困難や悩みを抱え、自分自身がまるでなにか欠けているような、自分自身の手では世界を変えることができないような思いを感じることかもしれません。
 
さまざまな心理臨床に立ち会う中で、問題を解決することが難しい事象に出会うことは稀ではありません。この場合の「解決」とは、欠けているところを満たし、困難や悩みを消し去ってしまうことです。ある当事者にとっては、困難を抱えたまま、その人がその人らしくあることができるように支援することが求められるのです。たとえば、なんらかの障がいを抱えた人や災害に見舞われた人、大切な人を失った人にとって、その欠落を埋め合わせたり、世界を元通りにすることは叶わないのです。私たちは、悩みや困難がないことをまるで「幸せ」であるかのように思っていますが、実はそれらの困難を抱えながら、それでもその人の「幸せ」を願い、ともに考えることが必要となることがあるのです。
 
行動分析学における言語行動の権威であるスティーブン・ヘイズは、「絶望からはじめよう」と問いかけます。問題や困難と向き合い「綱引き」を続けることが、当事者の困難さを深め、苦しみを深めてしまうことがあるから、その綱を離してみようという提案です。私たちは、悩みを抱えたままの自分を「異常」で、悩みのない自分を「普通」だと信じ込んではいないでしょうか?(そして「幸福」とはその先にあるものであるとさえ)
 

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大橋 智(Tomo Ohashi)
プロフィール
専門:応用行動分析
略歴:立教大学大学院現代心理学研究科博士後期課程満期退学。明星大学心理学部実習指導員を経て現職。応用行動分析に基づく地域支援(発達障害児者やその家族)やコンサルテーションを専門とする。

18歳参政権

2019年2月22日 投稿者:大西 斎

 皆さんのなかには、すでに18歳になり選挙権を得ている人がいると思います。従来は20歳に選挙権が与えられていました。これは、明治9年に法令で成年者を20歳と決めたからです。それを基に戦後20歳選挙権になったのです。20歳を成年者と決めた理由は、当時欧米では21歳を成年としている場合が多かったことと、我が国では、幕藩時代に15歳程度で元服して成人していた実態があり、その点を加味して決定されました。
 平成28年6月22日に、公職選挙法が改正され、18歳選挙権が付与されることになりました。このことは、①憲法改正国民投票法の投票年齢を18歳と制定したこと、②18歳投票権が世界的な趨勢であり(191カ国中167カ国〔公職選挙法改正時〕)、その流れを尊重したということです。
 ただ、欧米で選挙権が18歳になった背景は、18歳徴兵制における国民としての義務の履行を果たした結果として、権利としての参政権の付与が認められました。それは、若者が命をかけて国家のために働くという義務を満たしたから権利としての参政権が与えられたのであり、権利と義務は裏表において認められたものでもあるのです。
 我が国では、権利である選挙権(参政権)は18歳で与えられることになりましたが、義務である納税や、少年法などは未成年者として特別扱いしています。権利(選挙権)だけ与えて、義務を履行しなくていいのは世界で日本くらいです。
 私たちは有権者として自覚を持つ必要があります。選挙を棄権したりしないようにするなど地域社会や国、国際社会に対して責任ある行動をとらなければなりません。また、有権者としての正しい判断力の涵養とともにポピリズム(populism)に振り回されないしっかりしたメディア・リテラシ-(media literacy)をもつことの必要性があるといえましょう。一人一人の自覚こそがこれからの社会には求められていくのかも知れません。

 

大西先生教員ブログ
大西 斎(Hitoshi Onishi)
プロフィール
専門:憲法学
略歴:大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程修了、博士(国際公共政策)。九州産業大学国際文化学部教授を歴任して現職。エディンバラ大学客員研究員。憲法改正国民投票法、教育行政法制の研究に取り組んでいる。

 質問1:地元の「お祭り」に行ったことがありますか?
 質問2:地元の「お祭り」がなぜ行われているか知っていますか?
 質問3:地元の「お祭り」を行う側として参加したことはありますか?

 

 質問1に関して多くの人は「はい」と答えたことと思います。それでは、質問2、質問3はどうでしょうか。多くの人が「知らない」や「いいえ」と答えたのではないでしょうか。昨年保育者養成校に通う大学生や短大生にアンケートを行いました。ほとんどの学生が地元のお祭りに行ったことがあるとしながら、参加したことがあるとした学生はやはりごく少数でした。
 平成29年に告示された幼稚園や保育所における保育の基準としての幼稚園教育要領や保育所保育指針に「日常生活の中で、わが国や地域社会における様々な文化や伝統に親しむ。」という子どもたちが経験する内容が示されました。また、幼稚園や保育所の保育において大切にしていることは、対象を理解することではなく、対象を体験することです。つまり、子どもたちが地域社会における様々な文化や伝統を体験し、親しむということが求められているといえます。そのため保育者は子どもたちに文化や伝統に関する豊かな体験を保障する必要があるでしょう。
 最近の若者は地元志向が強いという研究結果があります。でもそれは、地元地域に愛着を感じているというより、地元の友だちとのつながりによるものだとされています。前述のアンケートにおいて、地元地域の名所を質問したところ「ショッピングモール」や「駅」といった答えが少なくなかったことには驚かされました。友だちと集うショッピングモールや駅はその多くが地域特有のものではないでしょう。これは若い世代だけの問題ではなく、私たち親世代の問題でもあります。
 近年、地方創成として、各地域がそれぞれの特徴を生かした自立的で持続的な社会づくりをすることが目指されています。まずは、通学・通勤途中の風景でしかなかった地元に目を向けてみませんか。今まで気づかなかった新しい発見があるかもしれません。

 

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及川 留美(Rumi Oikawa)
プロフィール
専門:保育学
略歴:聖徳大学児童学研究科博士後期課程単位取得満期退学。幼稚園や保育所などの現場を研究の対象とし、保育者や親を中心とした大人と子どもとの関わりについてフィールドワークを行っている。

 以下は、私が担当している授業(「子ども家庭福祉」「社会的養護」等)やその関連書籍等で触れている内容であるが、それを次の2点で整理したい。第一点目は、少子化における子ども環境の変化であり、第二点目は、少子化なのに「ニーズが増大している?!」というちょっと不思議な現象である。
 まず、第一点目であるが、現代社会の課題は単純にはとらえられない。たとえば、長寿社会をありがたいと思う反面、少子高齢化の社会経済的変化に伴う介護や「孤独」に対する不安が増加するのではという両面があげられる。これまで、少子化にはこれといった歯止めがかからず、2005(H17)年の合計特殊出生率は、過去最低の1.26となり、出生数も2017(H29)年に約94万人と戦後最低となった。このことを、1949(S24)年の第一次ベビーブームの4.32、約270万人、1973(S48)年の第二次ベビーブームの2.14、約209万人と比べると、その数的な変化の大きさがもたらす社会構造の激変が容易に想像できる。(2015年1.45とわずかに上昇したが、出生数は減少が続き、すでに、我が国の人口減が始まっている)以上のように、今後、確実におとずれる超高齢社会における不安の第一点目は、それを担う子どもの数が減っているということから発生しているといえる。
 第二点目は、少子化によって児童に対する支援のニーズが減少するのかというとそう単純ではないようだ。なかなか充足されない保育ニーズ、児童虐待等の社会的問題の深刻さや複雑化等、子育てに対する総合的なニーズの総体は、子だくさんであった以前にも増して大きくなっているのではないかという、一見すると「不思議な」現象が起きている。
 希望であるはずの子育てが、現代社会の複雑さや混迷による社会不安によって子育てをしづらい社会環境や生活のしづらさに直結し、最も立場の弱い子どもたちに大きなしわ寄せとなって襲ってきているといえるだろう。もちろん授業では、天災や事故などの災害の恐ろしさは、豊かさや安全を求めてきた現代社会のもろさを見せつけているが、同時に世代を超えた地域の連帯感や若者をはじめとする多くの支援活動は「人とつながる」感動と勇気を私たちに教えてくれているということも強調している。

 

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上田 征三(Yukumi Ueda)
プロフィール
専門:障がい児教育
略歴:筑波大学大学院修士課程修了後、知的障がい児・者施設での療育やソー シャルワーク部門設立に従事。1998年から大学で「障害児教育論」等を担当し、主にインクルーシブ教育の合理的配慮研究を進めている。

子育てを考える

2019年1月11日 投稿者:今井 康晴

 新年、あけましておめでとうございます。皆様には、健やかに新春を迎えられたことと、お慶び申し上げます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 

 私は、「保育原理」という授業を担当しております。「保育原理」では、保育の基礎となる思想・哲学、人物、歴史、発達、保育内容、保育方法など網羅的に学びますが、子どもの教育や保育、福祉に関する法律について講義します。なかでも教育基本法と児童福祉法の理解は必要不可欠であり、その一例を示しますと以下のようになります。(※紙面の関係上、一部抜粋しております)

 

※教育基本法※
(家庭教育)
第十条
2 国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。

 

(幼児期の教育)
第十一条 幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものであることにかんがみ、国及び地方公共団体は、幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない。

 

(学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力)
第十三条 学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする。

 

※児童福祉法※
第一条 すべて国民は、児童が心身ともに健やかに生まれ、且つ、育成されるよう努めなければならない。
2 すべて児童は、ひとしくその生活を保障され、愛護されなければならない。

 

第二条 国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う。

 

第三条 前二条に規定するところは、児童の福祉を保障するための原理であり、この原理は、すべて児童に関する法令の施行にあたって、常に尊重されなければならない。

 

 このように両法律の内容には教育、保育、福祉、また子育ての根幹をなすものであります。このブログを読んで、ぜひ教育、保育、福祉に関わる法律の知識、理解を深めてください!

 

・・・

 

 と話はここで終わりません。抜粋した両法律ですが、なぜ一部分を載せたかというと、共通して「国及び地方公共団体」という文言が使用されています。つまり、教育、保育、福祉はもとより子育て、家庭など子どもに関わる様々な事柄や課題は、社会全体で責任をもって対処し、支援するということが法律によって定められているということです。
 このことを念頭に置いた時、わが国の現状を顧みると、社会はその責任を果たしているでしょうか? 「子どもの声がうるさい」という理由で保育所の建設が断念されたり、「土地の値打ちが下がる」という理由で児童相談所の建設が反対されたり、耳を疑いたくなるようなニュースが散見されます。私的な都合を優先させ、社会としての義務を見失っているのではないでしょうか。
 わが国初の子育て支援政策として「エンゼルプラン」が挙げられます。この「エンゼルプラン」の意図するところは、エンゼル、すなわち子どもを「天使」に見立て、天使のような子どもいかに社会として育てていくかという計画(プラン)であります。しかし、いつから、子どもは天使ではなく、騒音やお荷物になってしまったのでしょうか。
 私は、子どもは天使であり、国の「未来」だと考えます。子育てをプライベートな問題、個人的な観点で捉えるのではなく、国の「未来」として真剣に考えることが必要ではないでしょうか。

 

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今井 康晴(Yasuharu Imai)
プロフィール
専門:教育学、保育学、教育課程、教育方法
略歴:広島大学大学院単位取得後満期退学。東広島市立小学校非常勤講師、武蔵野短期大学幼児教育学科専任講師を経て現職。保幼小連携、子育て支援についても研究中。

子どもの生活で気になること

2018年12月14日 投稿者:泉 秀生

 私は、こども保育・教育専攻に所属し、子どもの健康について研究しています。とくに、生活習慣や生活リズム、子育ての方法などに関する調査や分析をしています。
 最近の街中で気になることとしては、何かをしながらスマートフォンを使用する、いわゆる、「ながらスマホ」です。週末の公園をみると、わが子が砂あそびに興じている中、砂場の周りでスマホに夢中になっているお父さんの姿がよく目につきます。また、電車の中に目を向けると、幼い子どもや赤ちゃんまでもがスマートフォンを見ています。視力の低下が心配されるのはもちろんのこと、最近の子ども向け番組は光の刺激が強すぎる印象があるので、子どもたちに興奮状態をもたらしてしまうこと、また、なによりもお母さんやお父さんとのコミュニケーションの機会を奪うことを懸念しています。
 最近の日本では、夜10時以降に就寝している幼児の割合が4割以上いることが報告されています。実際、夜のコンビニやファミリーレストラン、居酒屋などで小さい子どもを連れた家庭をみる機会も増えました。私が小さい頃は、9時までに布団に入っていなければ親に怒られました。ましてや、夜10時以降に起きているなんて、恐くてできませんでした。
 生活についてさらに調べてみると、朝食を食べていない幼児が1~2割いること、外あそびをしない子どもの多いこと等、自分自身の幼児期の暮らしと大きくかけ離れた現状に驚きます。このような乱れた生活をおくっている子どもは、一般的に、日中の注意力や集中力が欠如していること、また、ささいなことでもキレやすい等の特徴が報告されています。また、朝から疲れており、友だちや先生との交流が十分にできていない様子です。
 幼い子どもを育てる保護者は、働き盛りであり、忙しい中で一生懸命に子育てをしている家庭が多いと思います。しかし、顔や体、言葉、運動能力など、一生のうちで、とくに変化の著しい乳幼児期くらいは、1日のうちに30分でも良いので、わが子とふれあってもらい、週末には、スマホやテレビに目を向ける時間を、わが子の方に向けてほしいものです。そして、規則正しい生活を、わが子に提供してもらいたいです。

 

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泉 秀生(Shu Izumi)
プロフィール
専門:児童福祉、福祉教育
略歴:早稲田大学人間科学部卒業、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。早稲田大学人間科学部eスクール教育コーチ、社会福祉士。2016年4月より現職。

子育て支援と心理学

2018年11月30日 投稿者:井梅 由美子

 昨今、「子育て支援」という言葉が多く聞かれるようになりました。皆さんが住んでいらっしゃる地域にも、子育て支援センターや親子広場など、さまざまな施設があるかと思います。なぜ、子育て支援の必要性がこんなにも言われるようになったのでしょうか?昨今の親になる人たちの子育てが未熟だからでしょうか?
 子どもが心身ともに健康に育つためには、養育者の関わりが必須になります。特に人間の赤ちゃんは多くの動物の赤ちゃんと違い、生まれてすぐは自分一人では何もできない存在ですから、養育者(主にお母さん)の24時間365日、休みないお世話が必要になります。
 子育てはこのように大変な難事業ですので、お母さん一人ではとても大変です。かつては祖父母や親せき、地域の周りの大人たちが、初めて親になる人たちを自然とサポートし、子どもたちの成長を地域で見守ってくれました。そうしたサポートの中で、だんだんと“親らしく”なっていったのだと思います。子育ては本来、親が一人だけでするものではないのです。
 しかし昨今、核家族化が進む中、子育てを自然とサポートしてくれる地域の大人たちの存在はなくなりつつあります。外で悪さをしている子どもたちに「こら~!」と怒ってくれる頑固おやじ(!?)はいなくなってしまいました。子育ての責任は全て“親”。これでは子育ては大変になるばかりです。だからこそ、制度としての「子育て支援」が必要なのです。
 保育所は今、地域の子育て家庭への支援の役割も求められています。保育所の先生は子どもの育ちや保育についてのエキスパート、かつての地域での子育てサポーター(近所のおじちゃんおばちゃん)に代わり、新米ママパパの相談相手として、大変に期待されている存在です。
 私自身の専門は「臨床心理学」で、心の健康やケアについて学ぶ学問領域です。子どもがのびのびと心身ともに健康に育つためには、お父さんお母さんがリラックスして子育てに向かえる環境が必要です。子育て支援と心理学、私たちの心の健康を考える上で大変重要なテーマであると思っています。

 

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井梅 由美子(Yumiko Iume)

プロフィール

専門:発達臨床心理学
略歴:お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程単位取得退学。相模女子大学、青山学院女子短期大学の非常勤講師等を経て現職。精神科クリニックや小児科等で臨床活動を行ってきた。