子どもと物語

2017年9月29日 投稿者:佐々木 由美子

 子どもたちは絵本や紙芝居など、お話が大好きですが、保育の中に取り入れられるようになったのは、いつくらいからだと思いますか? 実は、1876(明治9)年、日本で最初の幼稚園とされる東京女子師範学校附属幼稚園(現在のお茶の水女子大学附属幼稚園)が設立された当初から、保育項目の中にお話(当時の呼び方だと「説話」)は存在していたのです。明治9年といえば、まだ創作の児童文学も誕生していません。もちろん、絵本や紙芝居もない時代です。当時の資料を見ると、保育者は「兎と亀」「賢いカラス」などのイソップ寓話や「ワシントン伝」などのお話を覚えて、子どもたちに語っていたのがわかります。なぜ、日本の昔話ではなく、イソップのお話だったのでしょう。それは、当時、幼児教育のお手本が国内になく、参考にしていたのが、海外の翻訳書だったからです。その後、明治30年代になると、「桃太郎」「舌切り雀」「浦島太郎」など日本の昔話や創作の物語も、保育の中で語られるようになっています。現代のように幼い子どものための物語が豊富にあったわけではない時代、保育者は苦心して子どもたちが喜ぶお話を探して語っていたのです。

 さて、現代ではスマートフォンのアプリでも絵本の読み聞かせをしてくれます。とても便利な世の中になりました。でも、アプリの読み聞かせは、母親や大好きな先生が読んでくれる体験とは質的に異なるものだと思います。語り手の身体を通って発せられる音声としての言葉は、息遣いや表情、ぬくもりをもった生きた言葉です。語り手のあたたかな想いや愛情がたくさん込められています。録音された音声や機械音とは違います。子どもたちは、大好きな人と空間と時間と物語の楽しさを共有しながら、自分が愛され、大切にされていることを感じとります。大人にとっても、子どもにとっても幸せな時間です。

 幼児教育の父・倉橋惣三は、お話のことを次のように述べています。「『お話』が幼児の為に如何に幸福なる世界であり教育上如何に貴重なる材料であるかは、更めて説くまでもない。之れは古く古くから世界のあらゆる国に於て行はれて来た、最も自然的にして最も普遍的なる最古の幼児教育法の一つである」と。物語を介して子どもとじっくりと向かい合う時間を大切にしていきたいものです。

 

sasaki_yumiko
佐々木 由美子(Yumiko Sasaki)

プロフィール

専門:児童文化・文学、幼児教育
略歴:白百合女子大学大学院児童文学専攻博士課程満期退学。鶴川女子短期大学講師、准教授を経て現職。絵本や紙芝居を中心に、子どもの育ちと文化について研究している。