コンセプトを考える

2018年2月9日 投稿者:髙橋 文子

 少し前の話になりますが,長女の結婚が決まって,もろもろの準備を進めていた頃,「お母さん,お式のコンセプトを決めないといけないのよ。」と真顔で話す娘を見て,「コンセプトねえ~」となんだか可笑しくて復唱してしまいました。というのは,仕事柄デザインの授業で,「コンセプトとは,全体を貫くイメージ。まだはっきり見えていないから,マインドマップで言語化して探ってみよう。見つかったその言葉は,制作という航海で迷った時の羅針盤!」など,よく語っていたからです。美術の授業から離れたところで,人生の節目を祝う場を作る若者二人に,この問いをぶつけたスタッフ,なかなかやるなと話題とは別のところで感心しました。世の中には目に見えるものと見えないものがあります。コンセプトは,目に見えない願いと見える世界を繋ぐ矢印といってよいでしょう。結局,娘のコンセプトは母なる大地ではなく父なる海「ocean」となり,ブルーイメージの装飾となりました。

 子どもの創作の基本は,野生の思考を働かせた,寄せ集めのもので試行錯誤する「ブリコラージュ」です。先日,足立区のアート・ボランティアの皆さんと造形ワークショップを行いました。取り上げたのがツペラツペラさんの「ブランコモビール」。日曜日のギャラクシティは親子連れが一杯で,ハサミを使うのがやっとの3歳の幼児から4年生の児童まで,わいわいがやがや,その子にとっての特別な創作となりました。1つ1つのプロセスに集中し,描画材や素材に触発されて,子どもたちの内側にある主題といえるコンセプトが引き出されます。型紙で大きさの目安をもちながら,人や動物や擬人化した物などを画用紙に描き,細いリボンを通したストローのブランコに座らせ,両腕をリボンに固定して安定させる構造です。頭で考えるというより,その一瞬一瞬の選択は,身体的な思考でした。

 さて,美術は人々の願いを形にしたものです。トーハクこと東京国立博物館では,現在「仁和寺と御室派のみほとけ展」が開催されています。「にんなじ」「おむろは」と読みます。金曜日の夜間開館に行ってみましたが,思いの外,すいていてゆっくり見られました。仏像の歴史の中で,信ずれば救われる「他力本願」の集大成といわれるのが平安期の作品群です。平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像など,ふっくらと頼りがいのあるお顔をしています。鎌倉期の武士の社会は,甘いことは言っていられない「自力本願」の世界です。慶派のきりりとした締まり方など,仏像にも世の中が反映されています。今回の展覧会では,修復中のためにそっくり移設した普段は見ることのできない修行の場「観音堂」が圧巻です。この時代に出現した如来が怒りの形に進化したといわれる明王は炎を背にしてまさに火のイメージです。私は,「孔雀明王像」の仏画が気に入りました。象や獅子は頷けますが,孔雀の上に鎮座するという密教独特の不思議なマッチング,明王なのに慈悲のコンセプトを感じさせるこの絵の問いは尽きません。

 コンセプトとは,整理すると「企画,広告などなどで,全体を貫く基本的な観点・考え方」です。様々な発信をする場で,それらを具現化する色や形や素材と共に,表したい感覚・感情を明らかにすることは,きっと,次のステップの扉を開けてくれることでしょう。

 

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髙橋 文子(Fumiko Takahashi)
プロフィール
専門:美術教育
略歴:千葉大学教育学部、茨城大学大学院教育学研究科美術教育専修修了。茨城県内の小中学校、 茨城大学教育学部附属中学校教諭等を経て、現職。記憶画再考論等感性の育成と学び合いをテーマに研究している。