演奏が映し出すもの

2018年4月13日 投稿者:竹内 貞一

演奏が映し出すもの

「表現する(express)」という言葉ですが,英語の綴りからは,ex とpressに分解されます。つまり「内」にあるものを「外」に引き出すことです。「表現」というのはまさに表現者の「心の内にあるものが外在化したもの」と捉えられます。そして芸術表現というのは,芸術家の心の深淵から湧き出したものが伝達されるということだと思います。

「音楽」も表現ですが,世間では本当に音楽を「心の内にあるものが外在化したもの」として捉えているでしょうか。言葉とは裏腹に「テクニック」として聴く風潮が感じられます。特に専門的な音楽訓練を受けた人の方が,技巧面に興味関心が集中しやすいように思います。「きれいに」「上手に」「間違いなく」が絶対条件となり,テクニックの呪縛から,ステージ上で震えるばかりで十分に表現できない演奏家もいます。演奏者の心の深淵を感じられる演奏に出会う機会は本当に少ない印象があります。本当にそれで良いのでしょうか。

音楽演奏は,多くの場合「楽譜」を間に挟んで,その作品を書き残した作曲者と演奏者が向き合います。作曲者と向き合い「楽譜」からその心情を読み取り,そこに書かれた内なる必然を実際に鳴り響く音にする作業,その「対話」が演奏者の役割だと思うのです。

心理療法には「芸術療法」という分野があります。セラピストはクライエントが描いたものや表現したものを受容しつつ,その表現が出てきた背景や,内面にうごめくものを「理解」しようと努めながら,作品や表現者に向き合うことが求められます。であるとすれば,作曲家が表現したものを理解しようと真摯に向き合う演奏者というのは,あたかもクライエントが表現したものに向き合うセラピストのようにも見えてきます。心の深淵を感じる演奏というのは,作曲者と演奏者の対話の深さと関係があるのかもしれません。物質的な実態がない音楽という現象を考えてみると,心理学的にとても興味深いですね。

 

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竹内 貞一 (Teiichi Takeuchi)
プロフィール
専門:音楽教育学、音楽心理学、芸術療法
略歴:東京学芸大学大学院音楽教育専攻修了。早稲田大学大学院心理学専攻修了。臨床心理士。スクールカウンセラー、教育相談、小児医療における心理療法・査定に従事。