音楽実践と知識

2018年9月28日 投稿者:森 薫

 「あなたは音楽の知識をもっていますか?」と聞かれて、自信をもって「はい」と答えられますか?きっとそう答えられる人は少ないのではないかなと思います。「いやー、あんまり音楽のことは知らないもんなあ…」と自信のない気持ちになった人は、音楽の知識と聞いて、音階や調やコード・ネームの理論、ミュージシャンや作曲家の名前、楽器の種類といったことをイメージしていたかもしれません。

 

 実は、私たちの音楽実践においてはたらいている知識は、そうしたものだけではありません。例えば、リコーダーを吹いている人は、リコーダーの運指や息の入れ方等の技能としての知識を持っています。これは言葉ですべてを説明するのはむずかしいけれど、行為を「できる」ことであらわれるというタイプの知識です。ほかにも、ある曲を初めて聴いて、「この曲は悲しい雰囲気だなあ」といったことを感じる直観的な知識、合唱の練習中に「ソロ・パートは1人4小節ずつ、平等に割り振ろう」と考える倫理的な知識…多様な知識が、音楽実践には関わっています。そういうのも知識に入るなら、私も結構もってるかも、使っているかもと思った方もいるのではないでしょうか?

 

 この、音楽実践においてはたらく知識の問題というのが、私の研究テーマです。これまでこの問題について、色々な角度から考えてきました。

 

 私が特に面白いと感じるのが、直観的な知識のはたらきが、理論的な知識をつくりだすことにつながっていく過程です。小学校で子どもたちを観察していると、例えば短調の曲を聴いて「うわ!悲しい曲―!」「お葬式の曲―!!」といったように、初めて聴く曲にびっくりして次々に発言する姿があります。しかし子どもたちの発話はそれだけでは終わりません。徐々に「なんで悲しいのかな?」「先生、フラット使ったでしょ?」「この音(B♭の鍵盤)を押すと死ぬみたいな音になる…?」などと、関心は「悲しい」「お葬式」と感じた理由に向かっていき、探究が深まっていきます。

 

 直観的な知識がはたらくことで、理論的な知識を求めるようになる。そして自分たちなりのそれを見つけ出し、どこかの場面で使ってみる。うまくいかなければ、知識を修正する…この終わりなきサイクルが、私たちの音楽実践を支えています。このサイクルが音楽実践だ、といってもよいでしょう。教師に求められるのは、子どもたちが抱く直観、そしてそこからうまれた問いを見逃さずに、「へぇ、そういう風に感じたんだね」「どうしてだろう?」と一緒に考える姿勢だと思います。私自身、学生の皆さんが授業中に見せる不思議そうな表情や素朴な問いを大切に、一緒に考え、答えを探し、新たな知識をつくりだしたいと思っています。

 

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森 薫(Kaoru Mori)
プロフィール
専門:音楽科教育学
略歴:東京学芸大学教育学部卒業。同大学院連合学校教育学研究科芸術系教育講座単位修得満期退学。音楽学習における知識の問題や、子ども達がうたうわらべうたに関心を抱き、研究している。