小学校5年生か6年生の時のことだから今から50年以上前のことだ。
 渋谷区立小学校何校かの泊まりがけの校外学習があって、帰りは国鉄の貸し切り電車だった。修学旅行用の車輌だったかもしれない。私は長谷戸(ながやと)小学校だったが、その時は、小学校毎に1輛の車輌があてられていた。各車輌はボックスシートで、私たちの1輛には2学級約80人と先生方が乗ったはずだ。4、5校だったように思う。
 夕方だったのだろう。なんと、その時は折り詰めの弁当が出た。どこかの駅弁だったのだろう。学級全体で、そういうものを食べた経験はなかったので、それだけでも車内は盛り上がった。そして、食べ終わって終点駅に近くなったとき、片付けが始まった。
 私は、「椅子の上に放っておけば片付けてくれるよ」とそのままにしようとした。私の母親が、関西の実家に行く長距離列車に乗るときにいつもそう言っていた上、実際、長距離列車では多くの乗客がそうするのを度々目にしていたからだ。だらしない小学生のようだが、自分としてはそれなりに理屈があって、片付けるのが車掌や駅員の務めだと思っていた。
 そこへ、担任の桐山甲子治先生がやってきて、まず弁当の蓋を被せるように指示した。そしてその次に7,8個ぐらいを重ね合わせて紐で結わくように指示した。「そんなことをしなくてもいいのに」と私はぶうぶう言っていたが、同級生にはあまり抵抗感もなかったらしい。先生の言いつけに従って、どんどん積み上げて結わくので、しぶしぶ私も従った。
 隣の学級はそんなことはしないはずだと思ったのだが、同じ車輌の中だったので、見渡すとみんな同じようにし始めた。私たちの学級担任がそうさせているのをみて、隣の学級担任もそうせざるを得なかったのかな、なとど思いながら、私はなんだか不思議な気持ちだった。
 そして、終点の駅に到着した。上野駅だっただろうか、新宿だっただろうか。私たちが弁当箱をボックスシートに置いていこうとすると、桐山先生から、何人かはそれを持って降りて、ホームのゴミ箱に入れるようにと言われ、私も弁当箱の束を1つ持って降りた。今ではそんなふうに片付けるのは当たり前のことかも知れないが、当時は相当珍しいことだったと思う。
 私たちの乗ったのはたまたま最後部車輌だった。それで、前の方の車輌の脇を通って歩いて行くと、窓から各車輌の様子が目に入った。すぐ隣の車輌は、空箱に蓋をしてボックス席のそれぞれの椅子の上に置いてあった。やっぱり自分の言ったことが正しいと思った。その次の車輌は、蓋も被せていない弁当箱が椅子の上に散乱していた。蓋していないのが多かったと思う。確か、一番前の車輌では、私たちと同じように弁当箱を積み上げて結わえてあったが、それをボックス席の椅子の上だか床の上だかに置いてあった。へえ、そんなことをする学校もあるのだと思ったが、私たちと違って、弁当箱を持ち出してゴミ箱に運ぶことはしていなかった。
 私は母親の教育もあったので、ぶつくさと、なんでほかの学校は持ち出さないのに、自分達だけが持ち出して片付けることまでしなくてはならないんだと、そんなことを同級生に言っていた。尤も同級生達はもっと素直で誰も私には同意してくれなかったのだが。
 数日後、授業中に桐山先生から駅員さんが、よく片付けてくれたことで喜んでいたと言う話があった。私がこそこそそんなことを言っていたからかもしれない。私は本当かなあ、と思いながら聞いていた。それがよいことなら、ほかの学校もやらせるべきだ、と同級生に話したこともあった。
 前回のブログ(2015年11月9日)で、先生は私たちの学級全体の学力を向上させただけでなく、生活指導もよく行っていたと書いた。このエピソードはその1コマである。
 私は、以来たびたび、そして今になっても、時々そのときのことを思い出す。各車輌に残してあった空の弁当箱の様子の違いは忘れられない。小学校の同じ先生といっても、指導していることはそんなに違う。今、大学で小学校教員養成の仕事をしながら、なおそのことが気になっている。桐山先生の生活指導の影響は絶大だった。

 

shozawa_jun
所澤 潤(Jun Shozawa)

プロフィール

専門:教育方法学
略歴:東京大学教養学部基礎科学科卒。大学院教育学研究科単位取得退学。東京大学助手(東京大学史史料室)後、群馬大学勤務。教育学部教授、教職大学院教授を経て現職。群馬大学名誉教授。

「ねぇ、遊んでもいい?」

2017年10月27日 投稿者:篠原 俊明

こんにちは。

みなさん、「運動不足気味だなぁ」「体力が落ちたなぁ」「健康のために、美容のために、ダイエットしないとなぁ」と思ったことはありませんか?

こう思ったみなさんの多くは、「夜、ジョギングしよう」「フィットネスクラブに入ろう」と考えるはずです。

実際に、行動に移すかどうかは別問題ですが。。。

私たち大人は、何か目的があって運動なり、スポーツなりをして体を動かします。かく言う私も、「健康のために」「体育の授業で学生に負けないために」といった目的で定期的にフットサルやジョギングを行っています。

 

子どもたちは、元気いっぱいに体を動かして遊びます。真っ黒に日焼けして水の中を泳ぎ、白い息を吐きながら駆け回っている子どもたちの姿は、見ているこちらがワクワクしてきます。子どもたちは私たち大人と同じように「最近運動不足だから、なわ跳びでもやるか」「体力高めたいから、鬼ごっこでもやるか」といったことを考えているでしょうか?子どもたちは、何か目的を持って体を動かしているわけではなく、「遊び」自体が楽しく、遊びたくて遊ぶのです。

 

私がまだ大学院生の時、外部の指導者が幼児さんを対象に、跳び箱やマット運動の指導を行う場面を見学させていただく機会がありました。子どもたちは、上手に跳び、上手に回っていました。

 そして最後に、指導者に全員でご挨拶をした後のことです。

 一人の子どもが先生に近づき「ねぇ、遊んでもいい?」と聞いていました。

これには衝撃を受けました。子どものためにとした取組が、その子どもにとっては遊びの時間を取られただけに過ぎなかったのです。もしかしたら、やらされていると思った子どももいたかもしれません。

 

子どもたちは、「遊び」を通じて、こころとからだを大きく成長させていきます。子どもたちが元気いっぱい遊べる環境を整えることは、保育者・教育者の大きな役割のひとつです。将来、保育者・教育者を目指すみなさんには、子どもたちの「遊び」の本質を理解し、「遊び」を保障する保育・教育を学んでもらいたいと思います。

 

shinohara_toshiaki
篠原 俊明(Toshiaki Shinohara)
プロフィール
専門:体育科教育学、発育発達学
山梨大学大学院教育学研究科修士課程修了。東海学院大学短期大学部助教、講師を経て現職。体育授業実践、子どもの体力・運動能力や運動発達について研究している。

 

小学校の英語、これから

2017年10月13日 投稿者:執行 智子

 小学校高学年に外国語活動が導入されて早5年、そして2020年からは高学年において「外国語」が正式に教科として小学校に登場します。先生にとって未知の「小学校の外国語」と奮闘していることと思います。私も「小学校の外国語」と関わり十数年がたちます。十数年前は世界地図も、英語の絵本も、英語のフラッシュカードもない小学校がほとんどでした。小学校に行く時は教具をキャリアバックに詰め込み、ガラガラと引きながら歩いて行きました。大学に戻ると学生から「どこに行かれるんですか」と尋ねられ、「ハワイです」と冗談を言うほどの荷物の多さでした。最近ではどちらの小学校を訪問しても、先生自身が外国語活動に積極的に関わる姿を拝見でき、誇らしさと年月の重さを感じています。

 さて、高学年に「外国語」、中学年に「外国語活動」が導入されますと校内のほとんどの先生が英語の指導に関わることになります。英語が専門でない小学校の先生にはとても負担になることと思いますが、担任であることを生かして、中学校・高等学校ではできない「英語」の授業ができると私は思っています。

 外国語学習にとって欠くことのできないものは、適切で豊富な英語のインプットです。母語を獲得する時、赤ちゃんはおなかの中でお母さんのたくさんの母語の語りかけを聞き、生まれるとお父さん、おじいさん、おばあさんなど回りの人たちから多くの語りかけを聞きながら母語に親しんでいきます。2歳位までは、一言もことばを話さずじっと聞いている子もいますね。外国語習得も同じようになされるべきであると多くの研究者が言っています。適切で豊富なインプットに触れることが、外国語習得においてもとても大切なのです。「一つ教えたら一つ言える」わけではないのです。

 英語の絵本の読み聞かせは、インプットとして有効な手段です。子どもが絵を見て、それと既知情報(概念)を結びつけて意味を推測しながら、同時に音声で聞くことで、ことば(音声)の意味を理解することができようになります。この時、断定的な訳や意味を日本語で与えてしまうと、聞き手である子どもが混乱してしまう場合があります。というのは、一人ひとりの頭の中にある経験や環境から作り上げたられた概念は、全ての人において全く同じではないからです。

 小学校の担任の先生は、児童一人ひとりの頭の中のこと(概念)をよく分っているので、英語の絵本の読み聞かせをしながら、各々にどのような語りかけをすれば理解ができるかなど、日本語で意味を教えるのではない上手なフォローアップができるのではないでしょうか。現在では、英語の絵本に読み上げのCDがついているものが多くあります。これらを上手に活用することで、特上のインプットができることと思っています。

 英語に恐れることなく、英語と仲良くしていきましょう。

 

shigyo_tomoko
執行 智子(Tomoko Shigyo)

プロフィール

専門:第二言語習得・初等英語教育
略歴:津田塾大学文学研究科後期博士課程単位取得満期退学。外国語活動コーディネーター、小学校教員研修講師などを経て現職。小学生から大学生までの英語学習を概観、初等英語指導者に必要なことを研究。

子どもと物語

2017年9月29日 投稿者:佐々木 由美子

 子どもたちは絵本や紙芝居など、お話が大好きですが、保育の中に取り入れられるようになったのは、いつくらいからだと思いますか? 実は、1876(明治9)年、日本で最初の幼稚園とされる東京女子師範学校附属幼稚園(現在のお茶の水女子大学附属幼稚園)が設立された当初から、保育項目の中にお話(当時の呼び方だと「説話」)は存在していたのです。明治9年といえば、まだ創作の児童文学も誕生していません。もちろん、絵本や紙芝居もない時代です。当時の資料を見ると、保育者は「兎と亀」「賢いカラス」などのイソップ寓話や「ワシントン伝」などのお話を覚えて、子どもたちに語っていたのがわかります。なぜ、日本の昔話ではなく、イソップのお話だったのでしょう。それは、当時、幼児教育のお手本が国内になく、参考にしていたのが、海外の翻訳書だったからです。その後、明治30年代になると、「桃太郎」「舌切り雀」「浦島太郎」など日本の昔話や創作の物語も、保育の中で語られるようになっています。現代のように幼い子どものための物語が豊富にあったわけではない時代、保育者は苦心して子どもたちが喜ぶお話を探して語っていたのです。

 さて、現代ではスマートフォンのアプリでも絵本の読み聞かせをしてくれます。とても便利な世の中になりました。でも、アプリの読み聞かせは、母親や大好きな先生が読んでくれる体験とは質的に異なるものだと思います。語り手の身体を通って発せられる音声としての言葉は、息遣いや表情、ぬくもりをもった生きた言葉です。語り手のあたたかな想いや愛情がたくさん込められています。録音された音声や機械音とは違います。子どもたちは、大好きな人と空間と時間と物語の楽しさを共有しながら、自分が愛され、大切にされていることを感じとります。大人にとっても、子どもにとっても幸せな時間です。

 幼児教育の父・倉橋惣三は、お話のことを次のように述べています。「『お話』が幼児の為に如何に幸福なる世界であり教育上如何に貴重なる材料であるかは、更めて説くまでもない。之れは古く古くから世界のあらゆる国に於て行はれて来た、最も自然的にして最も普遍的なる最古の幼児教育法の一つである」と。物語を介して子どもとじっくりと向かい合う時間を大切にしていきたいものです。

 

sasaki_yumiko
佐々木 由美子(Yumiko Sasaki)

プロフィール

専門:児童文化・文学、幼児教育
略歴:白百合女子大学大学院児童文学専攻博士課程満期退学。鶴川女子短期大学講師、准教授を経て現職。絵本や紙芝居を中心に、子どもの育ちと文化について研究している。

自分にとっての専門性

2017年8月4日 投稿者:近藤 俊明

 自分が人生において何をやりたいか, 考え始めたのは高校生の頃だと思います。世界は広く, 人生には自分の知らない深いものがあり, それらを是非知りたいと思っていました。
その頃,将来は小説家になりたいと思い, トルストイや夏目漱石などを好んで読みました。そして卒業後, 東京にある大学のロシア文学科に進みました。
 しかし, 学生運動の盛んな頃でもあり(文学部自治会室で, 学生のリンチ殺人事件などもありました), 大学の勉強にはあまり真剣になれず, 3年生になる時は留年しました。当時は東西の冷戦時代であり, ロシア文学を学ぶ者として,東のリーダーであったソ連(現ロシア)を自分の目で見てみたいと思いました。
 一年間皿洗いをして資金を作り, 3月, ナホトカからシベリア鉄道に乗ってウラル山脈を超え, モスクワ, レニングラード, そして, キエフまで行きました。社会主義の統制下ではありましたが, 一月弱の一人旅でロシア人達の個人としての純朴さに触れました。
 大学の3年目からは, しかし, 哲学を専攻しました。当時盛んであった実存主義(その頃の哲学の中心は実存主義とマルクス主義)を学びたかったからです。 卒論は, キエルヶゴール全集を全て読んで書き上げました。B評価でした(笑)。しかし, それ以後, 彼の真に深く考え誠実に生きる人間の姿は, 私の人間観の一方の極になりました。
 大学卒業後の私の人生を端折ると, 3〜4年働いた後, 27歳で渡米。ニューヨークにて10年ほど大学・大学院で臨床心理学などを勉強, 学位と資格を取り, 10年ほど特別支援学校や病院, 心理クリニック(開業)などの仕事に従事。2001年帰国, という風になります。
 そして今も, 人が生きるとは何かということを考え続けています。一言で私が学んだことをまとめますと, 自分の専門というのはそれを本気で生きるということに他ならないのではないか, ということです。
 

kondo_toshiaki
近藤 俊明(Toshiaki Kondo)
プロフィール
専門:臨床・学校心理学
略歴:早大一文、NY市立大学、ホフストラ大学臨床・学校心理学博士課程卒、学術博士、サイコロジスト(NY州免許)、臨床心理士。NY州にて、病院、特殊教育学校、開業等を経て現職。

 現在は、以前のように着るものを家で縫ったり、編んだりしなくてもすむ時代になりました。ですから、縫うことや編むことを教えていくことは必要ないと思われています。そのため、親子間での伝承は、ほぼないでしょう。しかし、伝承しないとどうなるでしょうか。着るものに関する知識や技術が、世代が進む毎に薄れ、消えていきます。着るものは買えばすむ、と考える人もいるかもしれません。でも、あなたの服を、作っている人、デザインを考える人、その人たちの着るものに関する知識や技術が毎回ゼロからのスタートだったらどうでしょうか。着るものの文化は発展しないですね。

 そこで、重要なのが今持っている知識や技術を次世代に伝えていく行為なのです。親子間での伝承ももちろんですが、学校教育も重要です。次世代に伝える事を仕事としているのが教育者です。そう考えると、先生とは、本当に素晴らしい職業でもあり、重大な責任がある職業ともいえますね。

 私は、大学の授業で家庭科教育を教えている他に、地域のイベントに参加し、子どもを中心に縫ったり、編んだりの体験をしてもらっています。私が、子どもに教えられる知識や技術があるのは、大学で家政学部だった頃、4年間手芸を学修したからです。フランス刺しゅう、こぎん刺しゅう、カットワーク、ドロンワーク、キャンバスワーク、ビーズエンブロイダリー、クロッシェ、マクラメなど。聞いたことがないものが多いでしょうね。私は、これら手芸の技法を教育されることで、知識や技術を身に付けました。

 教育を受けて身についた知識や技術、それらを次世代に伝えていくことで、縫ったり、編んだりの文化、着るものの文化が後退しなければいいなと思っています。ですから、これからも大学の授業だけでなく、地域のイベントなどで、もっともっと伝えていきたいと思っています。イベントに参加してくれた子どもがいつかその体験を思い出し、次世代に伝えていくことを願って。

 

gazou_1

キャンバスワークの1つで、テントステッチで刺したものです。似た技法にみなさんご存じのクロスステッチがあります。

 
 

kobayashi_kumi
小林 久美(Kumi Kobayashi)

プロフィール

専門:家庭科教育
略歴:福岡教育大学大学院教育学研究科家政教育専攻修士課程終了(2002)。九州女子短期大学家政科助手、九州女子大学家政学部助手、九州女子大学人間科学部講師を経て現職。

 私は大学という場所が大好きで、大学の先生になってしまった人です。そんな私が大学を好きになったきっかけの1つをお話しします。
 
 大学2年生の時のことです。文献講読の授業がありました。文献講読とは、本や論文の内容を学生が分担して発表し、皆で議論することで理解を深めていく形式の授業です。
 その時の課題文献は、ネル・ノディングスという研究者が書いた『ケアリング』という本の訳書で、とても分厚く重い本です。328ページ、定価4000円!辞書以外でこんなに重く、高価な本を買ったのは初めてだったことでしょう。
 難しくて、でもなんだかすごいことが書いてある予感があって、妙に重みのある本を携えて初回の授業にドキドキしながら向かった覚えがあります。
 ドキドキした理由は、もう1つありました。それは授業の場所が教室ではなく、先生の研究室だったことです。研究室は、先生の個人部屋ですから、先生の家にお邪魔するのと同じような気持ちがして、ドキドキしました。
 さて、当日。行ってみると、その授業の出席者は私を含めて4人。1人は1年生。2人が2年生。1人は3年生と学年もバラバラです。あまり面識のない学生同士、緊張しつつ座っていると、驚きのことが起こったのです。「まぁどうぞ」などとおっしゃりながら、なんと、先生がコーヒーを入れてくれ、一緒にテーブルを囲んで座ったのでした。
 出席者は4人ではありませんでした。先生も、共に『ケアリング』について学ぼうとする出席者だったのです。(もちろん、先生は学術書を読み慣れていて、格段に背景知識に詳しいので、学生と同じではありませんでしたが。)
 
 高校までにこのような形式の授業があるでしょうか。5人という少人数で、学年もバラバラ。先生の部屋で、コーヒーを飲みながら、先生も共に学ぶ。私が大学を好きになり、教育学に興味をもったきっかけの1つです。(ついでにコーヒーも好きになりました。)
 
 この経験からも分かる通り、教育学を学ぶ面白さは、大人数での一斉授業や学年制、教師は教える人→生徒は勉強する人という二分法など、知らず知らずのうちに当たり前になっていた学校的常識から自由になり、経験が相対化されていくことだと思います。(この学校的常識には相応の理由があるので、良い悪いは別の問題です。)
 そんな面白さを学生たちに伝えられているかなぁ、と試行錯誤しながら私は現在、大好きな大学という場所で日々授業をしたり研究をしたりしています。(コーヒーも入れています。)
 
 

goto_masaya
後藤 正矢(Masaya Goto)

プロフィール

専門:教育学
経歴:東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。東京都内公立小学校教諭、東京教育専門学校専任講師などを経て現職。現在は教員養成・保育者養成の歴史的研究に注力している。