こども心理学部の英語教育では、音声面のトレーニングを重視しています。1年次春学期の必修科目「英語 I」、秋学期の必修科目「リスニング」では、英語の発音と聞き取りの基礎を学びます。本学の一般入試「英語」は、2013年度以降、すべて発音に関する問題で始まります。これは、「未来大に入ったら、英語は『英語の音の世界』で学ぼう」という授業担当者の基本姿勢を表明するものでもあります。

 

英語の子音の中には、日本人には発音がむずかしいとされるものがいくつかあります。lightの[l]、motherの[ð]、fiveの[f]と[v]などが代表的でしょう。しかし、意外にむずかしいのが[n]の発音で、特にsenseのnのように語中(単語の中間の部分)に生じる[n]は、なかなか身に付きません。なぜでしょうか。実は、母語である日本語が英語の[n]の習得を妨げているのです。

 

英語のnは、単語のどこに生じても[n]で発音され、上の前歯の歯茎の裏側に舌先をつけて、鼻から息を出します。これに対して、語中に生じる日本語の「ン」には4通りの発音の仕方があり、直後にどのような音が続くかによって使い分けるのです。

 

アンパンマンと彼のなかまの名前で見てみましょう。ダ行音が続く「てどんまん」の「ん」は[n]、パ行音が続く「アパンマン」の「ン」は[m]、ガ行音が続く「ささだごちゃん」の「ん」は[ŋ]、そしてサ行音が続く「ウーロさん」の「ン」は[ɴ]となります。大切なのは[m][ŋ][ɴ]の発音では、[n]と違って、上の前歯の歯茎の裏側に舌先は接触しないという点です。

 

私たちは普段、日本語の音の世界に慣れているため、英語senseのnを、どうしても[ɴ]で発音してしまいがちです。それは直後に[s]が続き、まさしく「ウーロンさん」と同じ状況になっているからです。もしsenseのnを正しく[n]で発音すれば、[n]と[s]の間に[t]の音が自然に出現し、sen(t)seのような音になります。[n]の発音が終わって舌先が歯茎の裏側から離れた瞬間に、破裂音[t]と同じ効果をもたらすからです。これは余剰子音と呼ばれます。

 

安倍総理のお名前、「晋三」さんの中の「ん」は、直後にザ行音(サ行音の有声化)が続きますから、はやり[ɴ]で発音します。しかし、Shinzoとして英語の音の世界に持ち込み、正しく[n]を発音すれば、直後の有声子音[z]の影響で余剰子音[t]も有声化して[d]となり、Shin(d)zoのような音になる、([n])ですよね、トラ([m])プさ([ɴ])。

 

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宅間 雅哉(Takuma Masaya)
プロフィール
専門:英語学(史的研究)、イギリスの地名研究
略歴:国際基督教大学大学院教育学研究科博士前期課程修了。山梨英和大学教授を経て、2012年より東京未来大学教授。

コンセプトを考える

2018年2月9日 投稿者:髙橋 文子

 少し前の話になりますが,長女の結婚が決まって,もろもろの準備を進めていた頃,「お母さん,お式のコンセプトを決めないといけないのよ。」と真顔で話す娘を見て,「コンセプトねえ~」となんだか可笑しくて復唱してしまいました。というのは,仕事柄デザインの授業で,「コンセプトとは,全体を貫くイメージ。まだはっきり見えていないから,マインドマップで言語化して探ってみよう。見つかったその言葉は,制作という航海で迷った時の羅針盤!」など,よく語っていたからです。美術の授業から離れたところで,人生の節目を祝う場を作る若者二人に,この問いをぶつけたスタッフ,なかなかやるなと話題とは別のところで感心しました。世の中には目に見えるものと見えないものがあります。コンセプトは,目に見えない願いと見える世界を繋ぐ矢印といってよいでしょう。結局,娘のコンセプトは母なる大地ではなく父なる海「ocean」となり,ブルーイメージの装飾となりました。

 子どもの創作の基本は,野生の思考を働かせた,寄せ集めのもので試行錯誤する「ブリコラージュ」です。先日,足立区のアート・ボランティアの皆さんと造形ワークショップを行いました。取り上げたのがツペラツペラさんの「ブランコモビール」。日曜日のギャラクシティは親子連れが一杯で,ハサミを使うのがやっとの3歳の幼児から4年生の児童まで,わいわいがやがや,その子にとっての特別な創作となりました。1つ1つのプロセスに集中し,描画材や素材に触発されて,子どもたちの内側にある主題といえるコンセプトが引き出されます。型紙で大きさの目安をもちながら,人や動物や擬人化した物などを画用紙に描き,細いリボンを通したストローのブランコに座らせ,両腕をリボンに固定して安定させる構造です。頭で考えるというより,その一瞬一瞬の選択は,身体的な思考でした。

 さて,美術は人々の願いを形にしたものです。トーハクこと東京国立博物館では,現在「仁和寺と御室派のみほとけ展」が開催されています。「にんなじ」「おむろは」と読みます。金曜日の夜間開館に行ってみましたが,思いの外,すいていてゆっくり見られました。仏像の歴史の中で,信ずれば救われる「他力本願」の集大成といわれるのが平安期の作品群です。平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像など,ふっくらと頼りがいのあるお顔をしています。鎌倉期の武士の社会は,甘いことは言っていられない「自力本願」の世界です。慶派のきりりとした締まり方など,仏像にも世の中が反映されています。今回の展覧会では,修復中のためにそっくり移設した普段は見ることのできない修行の場「観音堂」が圧巻です。この時代に出現した如来が怒りの形に進化したといわれる明王は炎を背にしてまさに火のイメージです。私は,「孔雀明王像」の仏画が気に入りました。象や獅子は頷けますが,孔雀の上に鎮座するという密教独特の不思議なマッチング,明王なのに慈悲のコンセプトを感じさせるこの絵の問いは尽きません。

 コンセプトとは,整理すると「企画,広告などなどで,全体を貫く基本的な観点・考え方」です。様々な発信をする場で,それらを具現化する色や形や素材と共に,表したい感覚・感情を明らかにすることは,きっと,次のステップの扉を開けてくれることでしょう。

 

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髙橋 文子(Fumiko Takahashi)
プロフィール
専門:美術教育
略歴:千葉大学教育学部、茨城大学大学院教育学研究科美術教育専修修了。茨城県内の小中学校、 茨城大学教育学部附属中学校教諭等を経て、現職。記憶画再考論等感性の育成と学び合いをテーマに研究している。

「映画」でみる心理学

2018年1月26日 投稿者:須田 誠

 物語(映画や漫画や演劇等)は、特定の誰かを傷つけることなく、心理や行動を勝手に分析することが許される素材です。

 今回は、映画版『ごんぎつね』を紹介します。この物語は、伝承された昔話を児童文学者の新美南吉が1932年に発表したものです。さて、映画版はテレビアニメ『まんが日本昔ばなし』の10周年記念として制作されました。映画版の声優は、後にも先にもこれきりでしたが、お馴染みの市原悦子と常田富士男に加えて、子狐を田中真弓が演じました。彼女は『天空の城ラピュタ』のパズーを演じたと言えば皆さんも耳が思い出すでしょう。

 少しずつ話が変化するのは伝承ならではの性質ですが、映画版『ごんぎつね』は新美南吉版にはない「母狐とごんの別れ」が描かれています。母狐はごんに「人間からの逃げ方」と「山での暮らし方」を教えた後に、人間に狩りによって殺され、ごんは一人きりになります。後に人間側の主人公である兵十も母を亡くし、村で一人きりで暮らすことになります。こうした対称と相似が映像により繰り返され、誰もが知る結末を迎えます。

 兵十は衰えた母のためにうなぎを捕りますが、それをごんは盗んでしまいます。その直後に兵十の母が亡くなったことをごんは知ります。ごんは反省し、その罪滅ぼしとして、兵十の元に、そっと、きのこや栗を届け続けます。兵十には届け主が誰か分かりません。ある時、家の中に入り込んでいるごんを兵十は見つけ、日頃のごんの悪戯を理由に、鉄砲でごんを撃ちます。亡くなったごんが栗を持っているのを見て、兵十は届け主がごんと知り、この物語は終わります。

 この結末には「不条理な感覚」を抱かされます。私はこの物語を子どもたちに、訓戒や風刺の寓話として読んで欲しくはありません。ただただ「やり切れなさ」を感じてもらいたいのです。この世は不条理に満ちています。悪や罪を抱えて生きてゆかなければならないことも多くあります。勿論、「実際の暴力や犯罪」という意味ではありません。こうした不条理な物語に対して愚かな大人は「善いか悪いか」「勝ちか負けか」「明るいか暗いか」といった線を引いてしまいがちですが、この世はそんな単純なものではありません。不条理を受け容れること、曖昧さに耐えうること、不安を抱えることは大人への重要なステップなのです。

 さて、映画版「ごんぎつね」の映像作品としての完成度は非常に高いものです。例えば、母狐が狩猟犬のおとりとなり、「強く生きるんだよ」と言って、ごんを崖から突き落とすシーンは秀逸です。ごんが崖から花畑に転がり落ちると、大量のクロアゲハが舞い、銃声が鳴り響きます。ごんは母狐と暮らした木のむくろで一人で過ごしますが、待てども待てども母狐は帰りません。その時間を一つまた一つと落ちゆく赤い椿で表現しています。同時に、兵十の母親が亡くなったシーンでは、赤い曼珠沙華がイメージの相似として見事に表現されています。

 この映画は市販されていませんが、教育機関などで上映したい場合は、図書館等を通じて問い合わせれば視聴可能な場合もあります。「ごんぎつね」には様々な版がありますが、私は映画版を多くの人に観てもらいたいと願っています。

 

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須田 誠(Makoto Suda)

プロフィール

専門:臨床心理学、コミュニティ心理学
略歴:慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。慶應義塾大学医学部非常勤講師等を経て現職。臨床心理士として地域保健所等でひきこもり支援に従事。

 

学びと興味と関心の広さ

2018年1月12日 投稿者:鈴木 公啓

 私が大学生のころは,通称「ぱんきょう」と呼ばれるカテゴリーの授業がありました。正式には「一般教養」でしょうか(今もあるとは思いますが,少々性質が違うかもしれません)。一般教養を開講している学部に,全学部の1年生そして2年生(場合によっては,3年生や8年生も!)が,講義を受けに行きます。受講する科目は,大量にある科目から自分で選択して,受講するかどうかを決めます。1つの時間帯に多くの科目が設定されており,そこから自由なものを選択できるのです。
 選択は自由なので,同じ学部や専攻の人がほとんどいない,というのも当たり前でした。友達と相談しながら,単位を取りやすいものを選択する,という場合も無いわけでは無いのですが,基本的には,本人の趣味や興味で選択するのです。
 大量の科目から自分の学びたいものを学ぶ,なんと素敵なことでしょうか。もちろん,必修の語学などもありますが,その類いの科目以外は,自由に選べるのです。芸術,文学,言語学,哲学,自然災害,脳科学,その他もろもろ,極めて幅広い分野の科目が揃っているのです。場合によっては,似たような科目名でありながら,内容や担当教員が異なるといった科目もあったりします。
 教員にもよりますが,自分の専門を自由に話せる講義と言うことで,熱がこもっていて非常に面白い講義も多々ありました。学生も,興味があって選択したわけですから,それなりに前向きに講義を聴講していたものです(…たぶん)。
 さて,心理学を学ぶにあたって,これらの一般教養の知識は,あればあるだけ良いものだと思います。脳科学や哲学の内容は,心理学を学ぶにあたってかなり直接的に役立ちます。その他の内容も,自分自身を深めるのに役立ち,それはやはり心理学の学びに役立ってくることもあります。心理学を学ぼうとする方々(特に若い人達)には,心理学だけで無く,できるだけ広い範囲の学問に触れられることをお勧めします。

 

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鈴木 公啓(Tomohiro Suzuki)

プロフィール

専門:パーソナリティ心理学、社会心理学
略歴:東洋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了〔博士(社会学)〕。東洋大学や明治学院大学等の非常勤講師、東洋大学HIRC21のPD研究員を経て現職。

 

私は理系?それとも文系?

2017年12月15日 投稿者:鈴木 哲也

皆さんは理系ですか?それとも文系ですか?私は理科教育学が専門です。ということは多くの人は「なら理系ですね」と思うことでしょう。

 実際に、私は色々なことを実験してみたり、自然観察をしてみたりすることが大好きです。

海外の旅行に行ったときでも、近く(?)に動物園があれば行ってしまいます。

写真はベトナム・ホーチミンの動物園です。右のキリンの写真、なんか変ですよね?!

 

動物園1動物園2

 

私は理科的なことだけではなくて、文系的なことにもずっと興味をもっています。

 現在、私は研究として、昔の指導案や記録などの資料を集めて学校飼育動物の歴史をまとめたり、生き物や自然と倫理の問題を勉強して理科の授業で生命尊重の態度を育成することが本当に可能であるのかといった哲学的なことを考えたりしています。

 最近のマイブームは理科と法律の関係です。薬品の保管・使用、動物の利用、理科実験で起きた事故の対応など理科と法律は結構関係しているのですが、ふだんはあまり気にしないですよね。ちなみにやるなら徹底的にということで趣味として1年間法律の勉強をして「行政書士」という資格試験を11月に受験してきました(何十年ぶりにか、たくさんの人が受験する試験を受けました。やっぱりドキドキしますね)。

 私は果たして理系なのでしょうか?それとも文系なのでしょうか?もはやどっちでもいいような気がしませんか?

 大学を受験する入口としては理系・文系とった枠組みはあるかもしれませんが、学びや研究はたぶんそんな区切りは必要ないのだと思います。

 私はこれからも理系・文系にこだわらず、「学びたいことを徹底的に学んでみる」、「調べてみたいことを徹底的に調べてみる」の精神で興味あることにぶつかっていきたいと思っています。

 

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鈴木 哲也(Tetsuya Suzuki)

プロフィール

専門:理科教育学
略歴:筑波大学大学院博士課程教育学研究科満期退学。千葉大学や立教大学等の非常勤講師を経験後、秀明大学の専任講師となりその後本学教員となる。現在は学校飼育動物の歴史を中心に研究している。

あの日の涙

2017年12月1日 投稿者:白石 雅紀

「本気になれ!全力で取り組め!」

「自分で自分の限界を、可能性を狭めるな!」

 

 私がラグビーを始めた高校時代、当時の監督から散々言われた言葉です。当初は「監督のたわごと」とし、聞き流していました。そんな私ですから、練習で新たな取り組みをしようとしても、取り組む前から「こんな難しいことはできないだろう」などと思っていましたし、格上の相手と試合する前も「どうせ負ける」と思っていました。当時の私はラグビーに対して本気で取り組んでおらず、適当で、どこか冷めていました。

 そんなあるとき、公式戦で格上相手にボロ負けすることがありました。私自身、格上相手に初めから勝てると思っておらず、それまでの練習にも本気で取り組んでこなかったため、ボロ負けしても悔しい思いはしませんでした。むしろ「怪我しなくてよかった。明日の休みは何をして遊ぼう」などとふざけた気持ちが先に立っていました。ですがそんな私の横で、友達であるチームメイトが本気で悔しがって号泣していました。号泣している彼の姿を見て、ある意味冷めていた自分がなんだか恥ずかしく思えたことを良く覚えています。

 以降、いきなりは変われませんでしたが、「本気になる」ことを意識して日々を過ごすようになりました。本気になって物事に取り組んでみて、私自身気づいたことがあります。「自分は思っていたよりもできる」ということと、「本気を出すと成長する」ということです。以前は自分の中で「できること・できないこと」を勝手に決めつけ、「できないこと」は極力避けていました。ただ、自分が「できない」と思っていたことでも、全力で取り組めば「可能性が見えてくる」ことに気づきました。また、全力で様々な物事に取り組んでいるうちに、以前できなかったことができるようになり、自分が成長しているという実感を得ることができました。その時にようやく、前述の監督の言葉の意味を理解することができたように感じ、以降は監督をはじめ、他人の言葉は聞き流さないようになりました。

 結局私は高校卒業後、大学でもラグビーを続け、大学院時代もプレーヤー兼コーチとしてずっとラグビーに携わってきました。正直に言って未だにラグビーが好きかどうかと言われると、良くわからないというのが本心です。ラグビーは痛いし、きついし、汚いし、臭いし、怖いスポーツです。そんなラグビーですが、ラグビーが今の私を形作った重要な要素であることは間違いないと思います。そして、これだけ長くラグビーを続けることになったきっかけは、間違いなくあの日に見た友達の涙です。

 私は本年度より東京未来大学に着任しましたが、先日行われた三幸フェスティバルでの学生の涙が、あの日の友達の涙と重なり、当時のことを久しぶりに思い出しました。三幸フェスティバルでの学生の涙は私の友達の涙と同じ、「本気になって取り組んだ結果の涙」だと思います。漫然とした生活を過ごしているとなかなかあの類の涙を流す機会はありません。三幸フェスティバルでの体験が、あの涙が、学生自身の成長と自らの可能性を広げるきっかけとなればと思います。

 

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白石 雅紀(Masanori Shiraishi)

プロフィール

専門:社会福祉、国際福祉
略歴:岩手県立大学社会福祉学部卒業、岩手県立大学社会福祉学研究科博士後期課程修了、秋田看護福祉大学社会福祉学科助教、修紅短期大学幼児教育学科講師

 小学校5年生か6年生の時のことだから今から50年以上前のことだ。
 渋谷区立小学校何校かの泊まりがけの校外学習があって、帰りは国鉄の貸し切り電車だった。修学旅行用の車輌だったかもしれない。私は長谷戸(ながやと)小学校だったが、その時は、小学校毎に1輛の車輌があてられていた。各車輌はボックスシートで、私たちの1輛には2学級約80人と先生方が乗ったはずだ。4、5校だったように思う。
 夕方だったのだろう。なんと、その時は折り詰めの弁当が出た。どこかの駅弁だったのだろう。学級全体で、そういうものを食べた経験はなかったので、それだけでも車内は盛り上がった。そして、食べ終わって終点駅に近くなったとき、片付けが始まった。
 私は、「椅子の上に放っておけば片付けてくれるよ」とそのままにしようとした。私の母親が、関西の実家に行く長距離列車に乗るときにいつもそう言っていた上、実際、長距離列車では多くの乗客がそうするのを度々目にしていたからだ。だらしない小学生のようだが、自分としてはそれなりに理屈があって、片付けるのが車掌や駅員の務めだと思っていた。
 そこへ、担任の桐山甲子治先生がやってきて、まず弁当の蓋を被せるように指示した。そしてその次に7,8個ぐらいを重ね合わせて紐で結わくように指示した。「そんなことをしなくてもいいのに」と私はぶうぶう言っていたが、同級生にはあまり抵抗感もなかったらしい。先生の言いつけに従って、どんどん積み上げて結わくので、しぶしぶ私も従った。
 隣の学級はそんなことはしないはずだと思ったのだが、同じ車輌の中だったので、見渡すとみんな同じようにし始めた。私たちの学級担任がそうさせているのをみて、隣の学級担任もそうせざるを得なかったのかな、なとど思いながら、私はなんだか不思議な気持ちだった。
 そして、終点の駅に到着した。上野駅だっただろうか、新宿だっただろうか。私たちが弁当箱をボックスシートに置いていこうとすると、桐山先生から、何人かはそれを持って降りて、ホームのゴミ箱に入れるようにと言われ、私も弁当箱の束を1つ持って降りた。今ではそんなふうに片付けるのは当たり前のことかも知れないが、当時は相当珍しいことだったと思う。
 私たちの乗ったのはたまたま最後部車輌だった。それで、前の方の車輌の脇を通って歩いて行くと、窓から各車輌の様子が目に入った。すぐ隣の車輌は、空箱に蓋をしてボックス席のそれぞれの椅子の上に置いてあった。やっぱり自分の言ったことが正しいと思った。その次の車輌は、蓋も被せていない弁当箱が椅子の上に散乱していた。蓋していないのが多かったと思う。確か、一番前の車輌では、私たちと同じように弁当箱を積み上げて結わえてあったが、それをボックス席の椅子の上だか床の上だかに置いてあった。へえ、そんなことをする学校もあるのだと思ったが、私たちと違って、弁当箱を持ち出してゴミ箱に運ぶことはしていなかった。
 私は母親の教育もあったので、ぶつくさと、なんでほかの学校は持ち出さないのに、自分達だけが持ち出して片付けることまでしなくてはならないんだと、そんなことを同級生に言っていた。尤も同級生達はもっと素直で誰も私には同意してくれなかったのだが。
 数日後、授業中に桐山先生から駅員さんが、よく片付けてくれたことで喜んでいたと言う話があった。私がこそこそそんなことを言っていたからかもしれない。私は本当かなあ、と思いながら聞いていた。それがよいことなら、ほかの学校もやらせるべきだ、と同級生に話したこともあった。
 前回のブログ(2015年11月9日)で、先生は私たちの学級全体の学力を向上させただけでなく、生活指導もよく行っていたと書いた。このエピソードはその1コマである。
 私は、以来たびたび、そして今になっても、時々そのときのことを思い出す。各車輌に残してあった空の弁当箱の様子の違いは忘れられない。小学校の同じ先生といっても、指導していることはそんなに違う。今、大学で小学校教員養成の仕事をしながら、なおそのことが気になっている。桐山先生の生活指導の影響は絶大だった。

 

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所澤 潤(Jun Shozawa)

プロフィール

専門:教育方法学
略歴:東京大学教養学部基礎科学科卒。大学院教育学研究科単位取得退学。東京大学助手(東京大学史史料室)後、群馬大学勤務。教育学部教授、教職大学院教授を経て現職。群馬大学名誉教授。