先日、新潟県村上市にある笹川流れという海岸に行ってきました。笹川流れは、国の名勝および天然記念物に指定されている地域で、日本百景にも選定された海岸景勝地ということでしたので、遊覧船に乗ってその美しい景色を眺めてきました(写真は遊覧船から撮ったものです)。
 一緒に行った大学時代からの友人と私は、日本各地の温泉を巡ろうというテーマでずっと旅行してきているのですが、私たちは温泉と同じくらい、海岸や湖での遊覧船や、川下りの舟、城を囲む堀を廻る舟、地上だとゴンドラで山を登るロープーウェーといった乗り物が好きらしく、気が付けばあちこちでこれらの乗り物に乗っています。
 さて、遊覧船は海岸や岩、飛び交うカモメを眺めながら岩の間をぬうようにゆっくりと巡り、その間は、さまざまに名付けられた岩や海岸の名前の由来の解説を聞くことができます。その中に「君戻し岩」という名前の岩がありました。パンフレットでその名前を見て不思議に思っていたのですが、これを読んで下さっている皆さんは何を思い浮かべますか?
 解説によると、源義経が奥州落ちの際、笹川流れの美しい景色に気付いた家来が先頭の義経をわざわざ呼び戻したことから名付けられたとのことで、その他にも義経に関わる名前がいくつかありました。一方で「恐竜岩」という岩があり、友人と「これ○○(別の海岸)にもあったよね?」「△△(またまた別の海岸)だったかも?」「恐竜岩じゃなくて、天狗岩かも?」といった会話をしていました(その会話で私たちは、自身の乗り物好きを自覚したのですが)。実際調べてみると、恐竜岩や天狗岩、さらには夫婦岩というのも各地にあるようでした。現在のように交通の便がよくなく、人の行き来も少なかった頃に、あちこちで同じ名前を付けていたというのは不思議なことのようにも思えます。

 

 私の専門分野である臨床心理学では、カウンセリングや心理療法といった心理学的な支援を行うにあたって、まずは相手(クライエント)の心を理解しようとします。「アセスメント」と呼ばれるその活動では、面接(会話でのやりとり)や行動の観察といった方法と並んで、心理検査を用いる方法もあります。その中に、何らかの模様や絵を見て、それが何に、あるいはどのように見えるかなどを答えてもらい、そこからクライエントの心を理解するという心理検査があるのですが、これは、“私たち人間の「物の見え方」には、その人の心(の内容)があらわれる”という考えに基づいているものです。
 日本各地にあるそれぞれ別の岩は、これもまた別々の、かつ多くの人々に恐竜や天狗、夫婦に見えていたようです。これらは私たち人間の心の、「何か」をあらわしていた、あらわしているということなのかもしれませんね。

 

山極先生写真①山極先生写真②
  写真:遊覧船から撮った海岸        おまけの写真:村上市の名産品の鮭

 

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山極 和佳(Waka Yamagiwa)
プロフィール
専門:臨床心理学
略歴:早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程満期退学。早稲田大学人間科学部助手、東京福祉大学社会福祉学部講師、東京未来大学こども心理学部講師を経て現職。博士(人間科学)。臨床心理士。

 エスノグラフィは、簡単に言うと、対象に密着してその全容を記録していく研究手法の1つです。もしかしたら、エスノグラフィというよりも「ルポ」あるいは「ルポルタージュ」という呼び方の方が一般的かもしれませんね。というのも、本多勝一氏の『カナダエスキモー』や鎌田慧氏の『自動車絶望工場』、近年では横田増生氏の『ユニクロ潜入一年』などの著作のように、どちらかというと秀逸なルポ・ライターの手によって蓄積された成果が多いからです。エスノグラフィは、基本的に1人の観察者の視点によって対象を記述していくので、客観性をどのように保つかという難しさがあり、論文執筆を主戦場とする研究者ではない方が扱いやすいということなのかもしれません。
 このように書くとエスノグラフィという手法はあたかも著者の主観に凝り固まった、偏りのあるものととらえられてしまうかもしれませんが、もちろんそんなことはありません。特に人びとがある事象について一定のステレオタイプを有するとき、それと異なった姿を描き出すエスノグラフィは既成概念を破壊するインパクトを持ちます。そのインパクトによって人びとの認識があらたまったり、バランスを回復するという効果を期待することも。

 

 最近、地下鉄サリン事件など、ある宗教団体が関与した事件で死刑判決を受けた人びとの刑が続けて執行されました。1ヶ月で十数人におよび、死刑制度の是非なども含めて、世界中の人々の耳目を集めたと述べても過言ではありません。

 

 森達也監督の映画作品『A』は、その宗教団体・信者を対象とするひとつのエスノグラフィといえるでしょう。森氏自身とカメラが教団の内側に入りこみ、内側から外側を見るスタイルで一貫しています(参与観察)。マスメディアの報道では外側からの映像に終始してきたため、『A』で森氏がとらえた信者像は初めて等身大のそれという印象を受けました。「ネタバレ」になってしまうので詳しくは書きませんが、『A』で描かれているのは、悪魔ではなく、まぎれもなく人でした。 その続編『A2』では、その宗教団体の拠点での信者とコミュニティの住民との決して敵対的ではない交流の様子も描かれています。

 

 現在、後継の団体がつくられ、その拠点が置かれているコミュニティでは拠点の存在そのものが問題視されています。あれだけの事件を起こしたことや、被害に遭われた方々やご遺族のご心情をふまえれば当然でもありましょう。そこにはぬぐいがたい「私たち」と「やつら」の関係があるわけですが、この摩擦をどのようにマネジメントしていくのか、団体を出ていかせるだけでは済ますことのできないコミュニティの課題がここにはあります。その思考のために『A』というひとつのエスノグラフィは何らかの示唆を与えてくれるような気がします。

 

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森下 一成(Kazunari Morishita)
プロフィール
専門:公共空間論、まちづくり
略歴:早稲田大学大学院政治学研究科・理工学研究科修了後、琉球大学大学院理工学研究科修了(博士・工学)。学生にまちづくりを経験させてキャリア開発を促す指導に注力している。

 サッカー・ワールドカップ(W杯)のロシア大会。みなさんは何試合くらい観戦したでしょうか?ほとんど見ていないという人もいるでしょうが、日本代表チームの試合は観戦した、少なくとも試合の結果をテレビやインターネットなどでチェックしたという人は多いと思います。日本代表チームは見事グループリーグを勝ち抜き、決勝トーナメントに進出しました。残念ながら決勝トーナメント1回戦でベルギー代表チームに敗れてしまいましたが、大会を通じての代表選手の活躍・雄姿には感動させられました。
 さて、ここで1つ質問したいのですが、あなたはW杯が始まる前、日本代表チームがグループリーグを突破できると予想していたでしょうか?将来の出来事について予想することは日常茶飯事です。W杯の試合結果を予想するインターネット上の書き込みも非常に多かったように思います。では、過去に行った予想を思い出すとき、私たちは正確に思い出すことができるでしょうか。
 4年前のことになりますが、2014年にはW杯ブラジル大会が開催されました。大会が始まる前、私の授業を受講していた学生137名に、何%の確率で日本代表チームがグループリーグを突破すると思うかを答えてもらいました。そして大会終了後には、大会前に自分が予想していたグループリーグ突破の確率を思い出してもらいました。その結果、大会前の実際の予想確率の平均値は59.4%であったのに対し、大会後に思い出してもらった予想確率の平均値は53.1%に下がっていました。下がったといっても少しではないかと思われるかもしれませんが、統計学的に意味のある差ではあります。
 なぜこのような差が生じたのでしょうか。出来事が起こった後で、それが事前に予測可能だったと考える傾向を後知恵バイアス(hindsight bias)といいます。結果が出た後で「こうなると思ってたよ」、(本当は言っていないのに)「言った通りだったでしょ」といった発言の裏に働いていると考えられる心理です。W杯ブラジル大会後に思い出してもらった予想が事前の実際の予想よりも低い確率で思い出されたのも、この後知恵バイアスが関わっていると思われます。日本代表チームの戦績は1分2敗で、グループリーグ敗退でした。大会後はこの結果を知っていますから、「こうなることはわかっていた」という心理が影響して、事前よりも低い確率が答えられたのでしょう。
 先に、W杯ロシア大会での日本代表チームのグループリーグ突破を予想していたか質問しました。後知恵バイアスが働いているとすれば、「突破できると思っていた」と考えている人が多いと予測されます。「やってくれると思っていたんだよ」とか、「自分は突破できると信じていたよ」などと言っている人に出会ったら、後知恵バイアスが働いている可能性を考えてみてください。

 

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埴田 健司(Kenji Hanita)

プロフィール

専門:社会心理学
略歴:一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。追手門学院大学心理学部特任助教を経て現職。著書(共著)は『エピソードでわかる社会心理学』、『とても基本的な学習心理学』他。

 

 2015年から、日本に滞在している外国籍の子どもたちの教育問題について、他大学の先生、大学院生と一緒に研究チームを作り、研究をしています。自文化とは違う他文化で教育を受けるということは、色々な問題があります。文化や学校文化が違うだけではなく、母語とは全く違う言語である日本語で教育を受けることになるからです。
 言語には二つの能力があるといわれています。ひとつは、基本的な会話ができる程度の基本的コミュニケーション能力(basic interpersonal communicative skills BICS)や基本的対人伝達能力と言われる言語能力です。もう一つは抽象的なことを考えたり、理解したりする能力である学習に必要な認知的言語能力(cognitive academic language proficiency CALP)や認知的・学習言語能力といわれるものです。BICSは、だいたい3年ぐらいで修得することができ、日常会話には困らなくなります。でも、CALPは、 5年から 7~10年は修得するのにかかるといわれています。そのため、第二言語である日本語で学習するということは、外国人の児童・生徒にとってはとても大変なことだということが分かると思います。学校文化への適応の問題は様々ですが、授業についていけるほどの言語能力を身につけるのには、大変努力と時間がかかります。そのため、日本語能力がないために、低学力というレッテルをつけられ、自分に対して自信をなくしてしまう児童・生徒はたくさんいます。
 もう一つの問題点は、外国人児童・生徒に対して、差別意識があるということです。特に東南アジアから来た児童・生徒に対しては、無理解が原因で、いじめが発生することもあります。こういう経験をすると、子どもたちは自分の文化に自信が持てなくなり、どうせ勉強したって、高校へは進学できないしというように勉強への意欲がなくなってしまいます。
 ここで皆さんに考えてほしいことは、日本語が十分に理解できないからといって、学力が低いということではないということです。外国籍の子どもたちは、母語で豊かな知識をもっていることも多くあります。その人の能力を言語力だけでは判断しないでほしいと思います。
 また、日本で滞在している外国籍の子どもたちの多くは、経済的に恵まれてないことが多いです。両親、そして兄弟も朝早くから遅くまで働いていることが多いです。そうなると、家事をするのは、学校に通っている中学生や小学生の子どもたちです。子どもたちは、放課後、級友と遊ぶことが、家事をするため時間がありません。そして、子どもが家事をすることは、海外では当たり前のことも多いのです。自分たちの文化を基準に判断せず、ぜひ違う文化に対して、理解する視点を持ってほしいと思います。
 アメリカでは憲法が教育権について明記してはいないため、裁判の判例法により、自分たちの学習権を獲得していたという歴史があります。例えば、英語だけの授業では理解ができないからと訴訟をおこした中国人の中学生がいます。教育の機会は、均等に与えられるべきものです。このことは、覚えておいてほしいと思います。

 時々、なぜ外国人の子どもたちも公立の学校に通学できるのかという質問を受けることがあります。税金を払っていないのに、どうして入学できるのかという質問を受けることもあります。アメリカでも同様な意見がありましたが、連邦最高裁判所の判断により1982年以降すべての子どもが教育を受ける権利を保障されています。しかし、不法滞在の子どもの中には学校に行けていない例もあり、課題は残されています。
 皆さんも少し見方を変えてみましょう。もし、あなたが全く分からない言語を話す国で暮らし、現地の学校に通うことになり、何も分からない中で一日中クラスにいなければならなくなったことを想像してみてください。日本で暮らす外国籍の子どもたちのことが理解できると思います。また、海外で暮らしている多くの日本人の子どもたちは、現地の学校に通っています。その場合、外国人だからという理由で、追加の授業料を払う必要がない場合も多くあります。日本人の基準だけではなく、少し視点を広げ、大きな位置から物事を見てみませんか。そうすることによって、見えてくるものがあります。
 日本に来る外国人の数は、年々増加しています。これからもっともっと増えるでしょう。みなさんの日常生活の中で、異文化に触れる機会は多いと思います。自分の常識と違うことに出会った時、どうして?と疑問をもつようにしてください。そうすることによって、広い視野から、ものを見ることができるようになります。なかなか難しいことかもしれませんが、少し努力すればできますよ。そして、違う見方や価値観を身につけてほしいと思います。

 *アメリカの訴訟の詳細に関する情報は、研究グループの一人 一橋大学大学院博士後期課程 奴久妻駿介氏からの情報提供です。

 

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田中 真奈美(Manami Tanaka)

プロフィール

専門:国際多文化教育学
略歴:サンフランシスコ大学教育学部博士課程修了。サンフランシスコの保育所、小学校、高校、大学で教育経験を積む。研究領域は異文化適応の諸問題で、海外長期滞在者について研究している

 映画『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』で特殊メイクを担当した辻一弘氏が、2018年第90回アカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞しました。日本人が個人としてオスカーを手にしたのは25年ぶりということもあって、たいへん大きな話題となりました。
 辻一弘氏が担当したのは、主役のチャーチルを演じて主演男優賞を受賞したゲイリー・オールドマンの特殊メイクです。映画『ハリーポッターと不死鳥の騎士団』では、ハリーとともに魔法の杖を振るって戦う細身のシリウス・ブラックを演じたゲイリー・オールドマンが、教科書でおなじみのチャーチル英国首相そっくりに変身してしまったのですから驚きです。チャーチル首相は、夫人に“my pig”と親しみを込めて呼ばれてしまうほどまるまるとした顔つきだったのですから。
 この映画は、第二次世界大戦のはじめ、ナチス・ドイツのヨーロッパ侵攻が急速に展開し、世界にファシズムの脅威が迫るなか、1940年5月に英国首相に就任したチャーチルが、ヒトラーとの宥和か、徹底抗戦か、の選択を迫られた27日間を描いた作品で、安全保障を考えるうえでも興味深い作品です。
 前任のチェンバレン英国首相は、1938年のミュンヘン会談で、ヒトラーの要求をのんで戦争を回避するという宥和政策を選択しました。しかし、それが裏目に出て、増長したナチス・ドイツに開戦を思いとどまらせることを難しくしてしまい、危機管理に失敗しました。その状況下での首相就任ですから、チャーチルの苦悩も並大抵のものではなかったはずです。
 映画ですから脚色で誇張されたり、作品テーマに偏った見方が生じたりすることもあります。とはいうものの、こういった社会派の作品は、様々な文献や関係者の証言などの綿密な考証を経て作られていることが多いものです。お気に入りの映画を見つけたら、その作品の基になっている資料を捜してみてください。それが研究の第一歩になりますから。
 

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田澤 佳昭(Yoshiaki Tazawa)
プロフィール
専門:国際政治
略歴:日本大学大学院博士後期課程政治学専攻満期退学。道都大学短期大学部専任講師・同経営学部専任講師・准教授を経て現在。南シナ海・東シナ海の沖合無人島嶼・海洋境界をめぐる国際問題を研究。

 労働意欲や職務に対するモチベーションに影響を与えているものに「職務満足感」があります。何によって自分の職務行動が動機づけられているかは個々人で異なっており、職務の達成や他者からの承認によって満足を感じる場合もあれば、職場環境や待遇、対人関係などによって満足を感じることもあります。当然のことながら満足感が高まれば生産性や作業量の増大といった組織や個人へ肯定的な結果として現れることが多いのですが、逆に満足感が低くなれば生産性の低下など個人や組織に否定的な結果に結びつきやすくなるようです。
 ロック(Locke,E.A.)は、「職務満足は、個人の仕事の評価や仕事の経験から得られる喜ばしい感情、あるいは肯定的な感情である」と定義しています。これは仕事の評価などによって生じる私たちの肯定的な感情を意味していると理解できます。しかし、医療や看護、福祉、教育などの対人援助を主とする職場では働く者だけでなく、サービスを受ける側、要するに患者や要支援者、生徒・学生の感情変化によって職務満足が影響を受ける可能性があります。特に医療に関わる職場の場合、疾病や障害によって危機的な状況にある患者が持つ心理状態はセンシティブで、働く者が職務に肯定的な感情を持っていたとしてもそれが患者の肯定的な感情につながるわけではありません。このようなすれ違いは「無力感」という否定的な感情につながりやすいことも知っておく必要があるでしょう。
 
 最近、保育士のストレスに関する調査にかかわる機会があり、保育士のストレスに職務満足感が影響していることが示されました。保育士の職務満足感をどう定義するか、またどのように測定するのかという問題は残されています。しかし、待遇や労働環境の改善も当然ですが、「職場の人間関係」や「職務への誇り」、「職場からの信頼」などがこの満足感に影響を与えていることは確かなようです。
 言い換えれば、保育士も自らが職務に対して誇りを持つとともに保護者や同僚から肯定的に評価されるなど職場の良好な人間関係が職務へのモチベーションを維持するための重要な要因といってもいいのではないでしょうか。
 

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髙橋 一公 (Ikko Takahashi)
プロフィール 
専門:生涯発達心理学、高齢者心理学

略歴:明星大学大学院人文学研究科修了、一般企業にて適性検査等の企画開発に従事。その後、山梨、群馬の私立大学を経て現職。臨床発達心理士。著書に「生涯発達心理学15講」等。

 ヒューマンインタフェースとは、人間と機械との接触部分のことで、コンピュータと人間とのコミュニケーションの方法のことをいいます。まずヒューマン(human)とは、人間のことを意味します。そして、インタフェース(interface)は接点、境界面、接触面、接合面、仲立ち、橋渡しなどの意味する言葉です。具体的にコンピュータでは、キーボードやマウス、スピーカやマイクなどの人間が直接利用する入出力装置や、データの入力画面などのソフトウェアやアプリケーションがこれに当たります。
 
 つまり、ヒューマンインタフェースの意味は「人間と機械との接点のこと」です。適切なヒューマンインタフェースを確保するには、音声認識や画像認識、動画認識などの技術が必要です。また、使いやすさを意味した言葉に、アクセシビリティがあります。アクセシビリティ(accessibility)は、近づきやすさ、接近容易性という意味の言葉ですが、コンピュータの情報やサービス、ソフトウェアなどが、どの程度、広範囲に利用可能であるかを表します。高齢者や障害者などハンデを持つ人にとって、どの程度利用できるかという意味で使われることもあります。特に、Webアクセシビリティとは、アクセシビリティのうち、Webページについての利用のしやすさのことを言います。Webコンテンツを利用するすべての人、特に高齢者や障害者が、知覚、理解、操作することに対する配慮のことを言います。
 
 昭和の初め頃は、電話が普及しましたが、現在ではテレビ電話さえ当たり前のことになりました。今後、さらに技術の進歩により、コミュニケーションの方法や手段が増えて行く事でしょう。我々の未来はどうなるでしょうか。少なくとも、言葉の壁や障害の壁は、コミュニケーションに関しては無くなって欲しいと思います。そして、同時通訳のスマートフォンや携帯端末は既に登場してますが、リアルタイムに使えて操作が簡単になれば、さらに普及していくでしょう。もしかしたら、犬や猫との会話ができる翻訳の研究も進むかもしれませんね。
 
 

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杉本 雅彦(Masahiko Sugimoto)

プロフィール

専門:ヒューマンインタフェース

略歴:信州大学大学院工学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(工学)。NICT委託研究/ 革新的な三次元映像による超臨場感コミュニケーション技術の研究開発に従事。

 ダーウィンの進化論には「適者生存」という概念があります。どんな生物も強いから、大きいから生き残るわけではなく、環境に適応できた種だけが進化して生き残っていくというもので、これは企業などの組織や個人にも同様のことが言えます。第72回で郭潔蓉先生が企業を取り巻く外部環境を分析する「PEST分析」をご紹介されましたが、今回はその中でもTechnology(技術)の発展による環境変化とモチベーションの学びについて考えてみたいと思います。

 

 18世紀にイギリスで蒸気機関による動力が実用化され、繊維などの産業が発展したのが、第1次産業革命で、20世紀になって、アメリカで自動車産業に代表される大量生産は多くの標準化された製品を低コストで生産し、大衆にも工業製品が行き渡ったのが第2次産業革命です。20世紀後半からはコンピュータ、通信といった情報技術が産業をけん引してきました。現在ではネットが繋がるところであれば、世界中ただでテレビ電話ができる世の中になりました。

 そして、今、第4次産業革命の時代に入りつつあります。この中心技術は人工知能(AI)です。現在、情報技術だけでなく様々な分野からAIの研究がなされていますが、AIの特徴は機械自らが学ぶ機械学習ができることです。さらに、今後、AI時代に影響を与える画期的な技術が開発、実用化されようとしています。それは、量子コンピュータです。現在のコンピュータの1憶倍とも100億倍とも言われている計算速度を持つものです。これは単にスピードが上がるということだけではなく、今はまだわかりませんが、予想もしない新たな仕組み、かつてはSFの世界のことが現実になる社会が生まれるということを意味します。

 高校生のみなさんが社会の第一線で活躍する10数年後には現在の職業の半分はなくなると言われています。残りの半分も大きくその内容が変化していくでしょう。すでにいくつかの職場ではその兆しが見えています。ぜひ「AI先生」で検索してみてください。身近な塾の先生の仕事、役割が変わってきているというのがわかると思います。一方で、今はあまり知られていない新しい職業も出てきます。それを踏まえて今後、様々な知識を深めていけばみなさんの将来は明るいものとなるでしょう。

 

 東京未来大学モチベーション行動科学部には大手人材系企業のAI研究所やAIを使ったマーケティングデータ解析の企業で活躍している卒業生もいます。モチベーション理論やマーケティングなどを学び、第4次産業革命の中で活躍する人材が続々と生まれています。

 

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篠崎 雅春(Masaharu Shinozaki)

プロフィール

専門:マーケティング
略歴:慶應義塾大学法学部、慶應義塾大学大学院経営管理研究科卒業。凸版印刷消費行動研究室、たくぎん総合研究所経営コンサルティング部、道都大学経営学部をへて、2012年より現職。

 2018年の幕が開けました。今年は平昌冬季オリンピックが開催されます。2月9日の開会式を目前に,活躍を期待される日本選手の様子が連日報道されていて,わくわくしますね。世界トップレベルの高いスキルを,彼らはどのようにして身につけたのでしょうか。

 私が専門としている教育心理学では,学習場面でのスキルである「学習方略」の熟達過程が研究されています。研究の結果,熟達化は,①学習方略を使えない状態から,②使うけれども上手くいかない状態を経て,③複数の学習方略を場面に応じて使い分ける状態へと進むことがわかっています。例えば,学習は授業に閉じているのではなく,日常生活と関連づけていくとよいと言われますが,そうした学習の仕方は知らなければできるものではありません(上記①の段階)。また,学習方略は知ったからといって上手く使えるものではないということにも注意が必要です。どのように関連づけたらよいのか試行錯誤の時間が続きます(上記②の段階)。さらに,有効な学習方略は1つではないことを考えると,複数の学習方略について知っては試行錯誤することを繰り返して身につけ,どのような場面にもそれらを使い分けて対応できるようになることが目指されます(上記の段階③)。

 スキルの熟達過程は,学習以外の分野でも共通なのではないかと思います。スポーツでも1つの方法(例えば,スケートの滑り方やジャンプの仕方)を知り,試行錯誤の末に使いこなせるようになることを繰り返して,たくさんの方法を柔軟に使い分けどのような場面でも高いパフォーマンスを示せるようになっていくのでしょう。さらに,こうした過程は,特定の分野のみならず,モチベーションの上げ方や人との関わり方といった一般的な事柄でも見られます。各分野の第一線で活躍される方々は,このスキルも高そうですね。

 皆さんもぜひ,たくさんの「方法」を学び,実践を通して鍛えていってください。2018年が飛躍的なスキルアップの年となりますよう願っています。

 

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小林 寛子(Hiroko Kobayashi)
プロフィール専門:教育心理学
略歴:東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学後、日本学術振興会特別研究員PDを経て現職。博士(教育学)。学習上の不適応の問題に、個別指導や授業改善を通して取り組んでいる。

 私は、少し若い時(中国経済が急速に発展するスタートの時期)から中国をフィールドとして教育格差の問題をリサーチしてまいりましたので、中国の都市のイメージといえば建設の工事現場に最も強い印象があります。それと交通渋滞や近年では大気汚染によるスモッグといったところでしょうか。日本でも昔はよく見られた光景かもしれませんが、日本との違いは人口を含めてそのスピードもさることながら規模も質も数段上な点でしょう。

 しかし、中国の国外からではなく、実際の国内の都市に赴いて感じられるイメージは、より微視的で強烈なものになるようです。このあたりが、フィールド・ワークの重要性を示しているともいえるのですが、3年前に現地で経験したインパクトのおかげで、それ以後まだ一度も中国に足を運べておりません。

 3年前、中国出張にむけてある有名サイトから良さげな現地のホテルを予約しました。私は朝食大食漢で、当然、朝食付きのホテルプランをサイトから事前予約=決済したのですが、フロントの女性曰く「改修のため先週末で朝食プランは終了」というのです。頭が少々混乱しましたが、「これが中国の文化だ」などと半ば強引に専門家気取りの自分に言い聞かせ納得・理解しようとしました。

 仕方なく朝食を求めて通学・通勤集団で混雑する裏通りをさまよっていると直ちに靴底に何かがへばりつきます。やはり散乱した生ごみや腐汁の類が延々と路上に散乱しており、これも中国の日常の風景とはいえ、このような通りの傍らで食する気持ちになれず、餃子20個(=最小販売数)を持ち帰りました。ごみ道中には、短パンで髪の長い洗練された若い女性が歩いていたのですが、その足に目をやると不可解なちり紙の切れ端がふくらはぎにくっついて一緒に移動していました。しかし、取ってあげに行く勇気がありません。

 その後、ホテルの自室内で用を足したところ、今度はこっちにちり紙がありません。ペーパー自体部屋のどこにもありません。中級ホテルのくせにどうして最重要課題を忘れるのか。落ち着いて頭の中で八方塞がりの状況を再確認した後、さらにパニックに陥りましたが、ただ惨めな中国出張となったことを天に報告するのみでした。

 ポイントを整理すると、経済発展しているといわれる中国では、①インターネットの取引が不能、②都市環境のインフラが不備、③第3次産業(サービス業)が未発達、ということが強いインパクトをともなって1日で理解されるのです。

 スタートから油断ならない中国社会に直に触れることで、外からではわからない様々な事実がわかってきます。まさに「百聞は一見に如かず」ということではないでしょうか。しかし、それ以後まだ一度も中国に行けておりません…

 

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金塚 基(Motoi Kanatsuka)
プロフィール
専門:教育学・生涯教育
略歴:早稲田大学教育学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(教育学)。帝京大学福祉・保育専門学校専任講師などを経て、東京未来大学モチベーション行動科学部准教授~現在に至る。