私は、少し若い時(中国経済が急速に発展するスタートの時期)から中国をフィールドとして教育格差の問題をリサーチしてまいりましたので、中国の都市のイメージといえば建設の工事現場に最も強い印象があります。それと交通渋滞や近年では大気汚染によるスモッグといったところでしょうか。日本でも昔はよく見られた光景かもしれませんが、日本との違いは人口を含めてそのスピードもさることながら規模も質も数段上な点でしょう。

 しかし、中国の国外からではなく、実際の国内の都市に赴いて感じられるイメージは、より微視的で強烈なものになるようです。このあたりが、フィールド・ワークの重要性を示しているともいえるのですが、3年前に現地で経験したインパクトのおかげで、それ以後まだ一度も中国に足を運べておりません。

 3年前、中国出張にむけてある有名サイトから良さげな現地のホテルを予約しました。私は朝食大食漢で、当然、朝食付きのホテルプランをサイトから事前予約=決済したのですが、フロントの女性曰く「改修のため先週末で朝食プランは終了」というのです。頭が少々混乱しましたが、「これが中国の文化だ」などと半ば強引に専門家気取りの自分に言い聞かせ納得・理解しようとしました。

 仕方なく朝食を求めて通学・通勤集団で混雑する裏通りをさまよっていると直ちに靴底に何かがへばりつきます。やはり散乱した生ごみや腐汁の類が延々と路上に散乱しており、これも中国の日常の風景とはいえ、このような通りの傍らで食する気持ちになれず、餃子20個(=最小販売数)を持ち帰りました。ごみ道中には、短パンで髪の長い洗練された若い女性が歩いていたのですが、その足に目をやると不可解なちり紙の切れ端がふくらはぎにくっついて一緒に移動していました。しかし、取ってあげに行く勇気がありません。

 その後、ホテルの自室内で用を足したところ、今度はこっちにちり紙がありません。ペーパー自体部屋のどこにもありません。中級ホテルのくせにどうして最重要課題を忘れるのか。落ち着いて頭の中で八方塞がりの状況を再確認した後、さらにパニックに陥りましたが、ただ惨めな中国出張となったことを下半身裸のまま天に報告するのみでした。

 ポイントを整理すると、経済発展しているといわれる中国では、①インターネットの取引が不能、②都市環境のインフラが不備、③第3次産業(サービス業)が未発達、ということが強いインパクトをともなって1日で理解されるのです。

 スタートから油断ならない中国社会に直に触れることで、外からではわからない様々な事実がわかってきます。まさに「百聞は一見に如かず」ということではないでしょうか。しかし、それ以後まだ一度も中国に行けておりません…

 

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金塚 基(Motoi Kanatsuka)
プロフィール
専門:教育学・生涯教育
略歴:早稲田大学教育学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(教育学)。帝京大学福祉・保育専門学校専任講師などを経て、東京未来大学モチベーション行動科学部講師~現在に至る。

 皆さんが「頑張るぞ!」と思うときには、必ず頑張る対象がありますね。頑張る対象がなにもなければそもそも頑張ることはできません。頑張る対象、つまり目標があることでやる気も生まれます。目標をもつことによって、行動に具体的な方向性が生まれ、目標達成に向けてモチベーションが活性化していきます。つまり、モチベーションと目標とは切っても切れない関係があるのです。

 では、どんな目標を立てることが高いモチベーションを生み出すのでしょうか。これについては、心理学では目標設定理論に基づく多くの研究が蓄積されています。目標設定理論については私が担当する「モチベーション論Ⅱ」という授業で学びますが、大切なことは、行動する本人が納得してその目標を受け入れていることです。親や先生が見てどんなによいと思える目標であっても、本人が納得していなければモチベーションを高めることはできません。

 目標とモチベーションの関係についての続きはぜひ本学部で学んでいただくことにして、今回は「SMART」な目標の立て方を紹介します。

 まずSはSpecific(スペシフィック)、つまり「具体的」ということです。曖昧でぼんやりした目標よりも具体的ではっきりした目標の方が行動も明確になります。MはMeasurable(メジャラブル)、これは進み具合や到達度を「測定できる」ということです。AはAssignable(アサイナブル)で、いつまでに、どこまでというように具体的に「目標を割り当てることができる」という意味です。RはRealistic(リアリスティック)、目標である以上は単なる夢物語ではなく、頑張れば「実現可能」であることが大切です。おしまいのTはTime-related(タイム リレーテッド)で、達成すべき「期限が明確」であることです。

 どれも難しいことではありません。皆さんが目標を立てるときには、このSMARTをちょっと思い出してみてください。きっとスマートで効果的な目標が立てられると思いますよ。

 

 

kakuyama
角山 剛 (Takashi Kakuyama)

プロフィール

専門:産業・組織心理学、社会心理学
略歴:立教大学文学部心理学科卒業。同大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。現在、産業・組織心理学会常任理事、人材育成学会常任理事、日本応用心理学会常任理事。

 皆さんは「PEST分析」という言葉を耳にしたことがありますか?簡単に説明をすると、企業を取り巻くマクロ環境(外部環境)を「PEST」という4つの視点から分析し、企業にとって、過去・現在・未来においてどのような影響力があるのかを把握したり、予測したりするための分析のフレームワークのことを指します。

 「PEST分析」のいう4つの視点とは、P= Politics(政治)、E= Economy(経済)、S=Society(社会)、T=Technology(技術)の各視点です。それぞれの視点で企業に影響を与える要因を明らかにすることで企業に起こり得るリスク(危険性)や困難を回避出来たり、逆にどのような部分にビジネスチャンス(機会)があるかを予測したりすることが可能です。

 このフレームワークを考案したのは、経営学者であり、マーケティングの神様の異名を持つフィリップ・コトラー氏です。同氏が「調査をせずに市場参入を試みるのは、目が見えないのに市場参入をしようとするようなもの」と言っているように、「PEST」分析は企業の市場参入の道標になるとても重要な分析なのです。

 皆さん、ぜひ身近な有名な商品やサービス、或いは企業の名前を思い浮かべてみてください。成功した商品、サービス、そして企業は、必ず世の中の変化や流れ、トレンドを味方につけていることに気づかれるのではないかと思います。外部環境の変化にともない、自らの組織・商品を時代に即したものへと変えられるものこそ、変革のスピードが速い現代を生き残ることができるのです。その外部環境、なかでもマクロ環境を把握し、企業への影響をはかるフレームワークが「PEST分析」なのです。

 ここまで読んで頂くと「PEST分析」に少し興味が沸いてきませんか?そんな風に感じられたら、ぜひモチベーション行動科学部の経営領域の扉を開いてみてください。きっと新たな発見と学びに出会えるはずです。

 

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郭 潔蓉(Iyo Kaku)

プロフィール

専門:東・東南アジア地域の政治経済、国際経営環境分析

略歴:ボストン大学大学院国際関係学専攻修士課程、筑波大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。代表著書に『グローバル教育の現在』他。

 ヒトは過去と現在の間に生きている。

 などというと、哲学の話のように思えるが、人間の目の話であり、知覚心理学や認知心理学で扱う領域の話である。普段、我々はなにげなくモノを見ているが、モノを見るという行為には3つの要因 ―― 光源(太陽の光や蛍光灯の明かりといった光)、見る対象、感覚受容器(目)の3つ―― が必要となる。ある物体――例えばりんご――を見るには、その物体に光があたり、その反射光が目に映り、視覚体験が生じることになる。しかしながら、目から取り入れた視覚情報は、視神経を経由して、視覚野へ送られる。そして、この視覚野で視覚情報の処理(復元や統合)が進み、最終的に“見える”状態になる。そのため、目から入った視覚情報は脳内で処理を進めるため、ごくわずかな時間ではあるが時間が必要となる。そのため、実際の物体と我々が見ている物体との時間には、わずかではあるがズレが生じることになる。しかしながら、我々の見ているという認識は今現在そのものを見ていると認識していることになる。このような時間軸の補正がどのように行われているか不明であるが、人間の見るという行為は不明点がまだまだ多いといえる。

 さて、ヒトの見るという、ごくごく普通の行為も、突き詰めると不思議なことが多いが、日常場面に目を移そう。

 例えば、スーパーで買った美味しそうなオクラを家に帰り、緑色のネットから取り出してみたら、思ったよりも色つやが悪く、他の商品にすれば良かったと思ったことはないだろうか。または、デパートで綺麗な色だと思って買って帰った服が、家で着てみたら思った色味ではなく、何やら失敗した気分になった、なんてことはないだろうか。

 一つ目の例は、色の同化現象によるものであるし、二つ目の例は、色の演色性によるものである。他にも色の対比現象(例えば赤身の刺身のそばに緑の大葉が添えられると、刺身の赤身が鮮やかに感じられ、美味しそうに映る)なんてものもある。また、衣服の着こなしやメイクもヒトのモノの見方のクセを利用したものとも言える。このように、日常場面においても、我々は我々自身の目に度々騙されていると言える。これは、ヒトの目が客観的・機械的にモノを見ているのではなく、環境や状況に影響を受けるためである。

 このように見られる側と見る側の要因を知ることは、より適切な表現方法やより良い商品の開発に有効な知見が得られるといえる。

 

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岩﨑 智史(Satoshi Iwasaki)

プロフィール

専門:認知心理学
略歴:立正大学大学院心理学研究科博士後期課程修了。東京未来大学 こども心理学部助手、同助教を経て現在、東京未来大学モチベーション行動科学部講師。

みなさんは、自分の意見を周りの人にうまく伝えられますか?

誰かから何かを頼まれたとき、それを引き受けたくなければ、うまく断れますか?

誰かに何かを頼まなければならないとき、相手にうまくお願いができますか?

 

「うまく」とは、相手に嫌な思いをさせないように配慮しながら、

自分の意見を伝えられた状態を意味します。

互いに気持ちよい状態で「うまく」意見を主張する仕方は、

心理学ではアサーションと言い、望ましい自己主張のスタイルとされています。

 

先ほどの問ですが、私自身はどちらかというと、Noです。

 

私はコミュニケーションに関する専門家で、

アサーションを知っていて

他者の利益のためならばアサーションができるので、

その能力もあると思うのですが、

主張の目的が自分のためだと、「ノン・アサーション」になります。

 

相手に合わせて主張を控えたり、

依頼を断れなくて引き受けてしまったり、

周囲に頼れなくて自分一人で背負ってしまったり。

こんなふうに、自分の意見を押し殺してしまうのがノン・アサーションです。

 

なぜ、アサーションをする能力があって、方法を知っていて、実践できるはずなのに、

私はアサーションが十分にできないのでしょうか?

 

それは、人との関わり不足、経験不足によるからにほかなりません。

私は他者と衝突することを避ける癖があり、積極的にアサーションを実践していないのです。

 

対人関係をうまくこなしていくコミュニケーションの力のことを「社会的スキル」と言います。

他者とうまくやっていく能力があって、方法を知っていて、実践できることです。

社会的スキルの高さは、生まれながらに決まってしまっているのではなく、

人との関わりという経験を通して学習し、高められていくものです。

アサーションもそのスキルの1つです。

 

でも、よく考えてみてください。

私が主張せずに相手の意見を聞き、頼まれごとを引き受けてしまっては、

その相手の方のアサーションの機会が減ります。

私のノン・アサーションは、相手がアサーションを経験する機会を奪っているのです。

 

自分だけでなく、周囲の人も

お互いに高い社会的スキルを持っていると非常に住みやすい世界ができあがります。

それゆえに、自分のためにも、他者のためにも、

積極的に「他者と関わろう」とするモチベーションを高める必要があるのです

 

さて、ノンアサーションのはずの私ですが、夫の頼まれごとには、遠慮がなくなり、

「忙しいのが見てわからない?!」とアグレッション(自分を優先して相手のことを考えていないスタイル)。

いくら親しい間柄でも、傷つきますよね。

家族こそよい練習相手。日々精進、と反省。

 

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磯 友輝子(Yukiko Iso)
プロフィール
専門:対人社会心理学
略歴:日本大学国際関係学部、名古屋大学文学部卒業。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得退学。同大学院助手、本学こども心理学部講師、准教授を経て現職。

心理学を専攻していると分かると、「へぇ、私の心分かります?今どんな気持ちか当てて見て!」と言われることがあります。そのような際には、「いや、なかなか人の心って難しくって、ずっと研究しているのですよ。」と答えると、大抵はがっかりされます。多くの人は、心理学者に占い師や霊能者「的」イメージを重ねるようです。心理学検定の普及、国家資格公認心理師の成立など、そして、自治体や大学主催の市民向け講座の増加などのお蔭かこのような淡い期待(誤解)を近年は払拭しつつあるようです。

人文社会科学系の学部に限らず選択科目であろうと心理学の履修率は他科目に先んじて1,2位を競うものです。全国的には「科学的」心理学の知識を持つ人は相当の人数になるはずです。本学では、他大学の追従を許さないほどの多彩な学びができます。大きな強みの一つと考えていますが、学生、卒業生はどう感じているのでしょうか。

私は、高校生の時に、それまでは化学反応に関心があったのですが、大きな方向転換で、不安や心の変化に興味を抱き、心理学を学ぼうと決めました。大学では、複数の学部にあった心理学専攻のどこにしようかと悩みました。結局、「心理学は応用、実践されるもの、だから基本を学ぶことこそ重要」との教員のことばに納得し、文学部へ。そこでは実験こそが心理学そのものという風土に多少の反発を覚えました。当時、精神神経科のサイコロジストをしていた先輩のところへ通い、臨床の手ほどきを受けました。その先輩は、心理学の基礎をしっかり学ばないと、患者さんに接した際に自分のぶれや思い込みに気づかないでしまうリスクがあるとの言で基礎を学び続けました。

卒論のテーマにも悩みました。不安によって行動はどう影響されるのか、さらに臨床場面につながる研究はできないかと考え、不安研究の一線にいた他大学の先輩(後の恩師)を頼り、指導を受けることになりました。来談者と面接者の基本となる二者関係の発言と不安特性との関係を捉えることをテーマとしました。恩師には臨床場面での研究を勧められたのですが、コミュニケーション過程自体への関心から、対人場面の特徴(対面、非対面)、視線や身体動作などのチャネル、対人関係の種類(親密さ)などと社会心理学の研究をしてきました。

人生では悩みの岐路が多くあります。私も進路、研究室、研究テーマ、次の研究で扱う要因はと悩み続けてきたなと思います。その時々に何が決め手になったのでしょう。選ばなかった選択肢の先は分かりません。でも、「こっちだ」と何かが閃いたのだと思い込むことにしています。そんな感性を大事にしたいものです。

 

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大坊 郁夫(Ikuo Daibo)

プロフィール

専門:対人・社会心理学
略歴:北海道大学文学部卒業、同大学院文学研究科博士課程退学
札幌医科大学助手、山形大学教養部専任講師、助教授
北星学園大学文学部教授、社会福祉学部教授
大阪大学大学院人間科学研究科教授
同大学名誉教授、東京未来大学学長、教授

テレビのスイッチを入れれば、様々な製品やサービスのCMが我々の目に耳に飛び込んでくる。あるいは、家の新聞には様々なお店のチラシが折り込んである。電車の車内にも様々なポスターが掲示されている。コンビニやスーパーに出向けば、ここでも売場の棚には「○○円引き」、「○○個買うと1個おまけ」などというポスター(正確にはPOPという)が買う気をそそる。

売場でのポスターなどによる情報提供は「セールスプロモーション」と言われる。その場で買うという「行動」を促進することを目的としている。それに対し、CMやチラシ、同じポスターでも前者のものは、購入時点・地点で提示されたものではなく、他の時点・地点での情報提供である。その目的は「態度」を変えることである。態度に働きかけるのが「マーケティング」の発想である。行動をより効果的に変えるためには態度を変えることが有効である。

態度に働きかける、とはその商品やサービスを消費することのベネフィットを訴求する、すなわち内的に動機づけることである。すると、行動に働きかけるセールスプロモーションは外的な誘因として動機づけする方法であり、両者はまさにモチベーションを高める方法に他ならない、と気付く。

ところで最近では、スマホをちょっと手にすれば、目の前に様々な広告が飛び交い、その場での購入も可能となっている。これまでは、買いたくても目の前に商品やサービスがあったわけではないので、一旦記憶して、改めて行動たる購買をしにお店に向かっていた。よって、態度を変えたからといって、そのすべてが行動に結びつくわけではなかった。しかし、ネットでの購入は、態度と行動をほぼ同時に変えうるゆえに行動に結び付ける確率を高めた。また、SNSを利用すれば、購入の前でも後でも様々な情報を入手し、また発信することも可能だ。SNSは行動することを後押しし、また行動後の満足を促進する機能を果たしている。

 

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渡邊 隆之(Takayuki Watanabe)

プロフィール

専門:マーケティング、消費者行動
略歴:早稲田大学大学院商学研究科博士前期課程修了。(株)イトーヨーカ堂を経て、学習院大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。(財)流通経済研究所理事、創価大学・沖縄大学教授を経て現職。

なぜ我々は歴史を学ぶのでしょうか。私が専門とする歴史学は過去を対象とする学問ですが、過去そのものに意味があるわけではありません。我々が生きる現在、ひいては未来にとって意味があるから歴史を学ぶのです。

歴史を暗記科目として捉えている人が多いように思いますが、それは本来の歴史の学び方ではありません。歴史を学ぶということは、歴史的事実を知ったり、歴史用語を覚えたりすることではないのです。少なくとも、大学で学ぶ歴史学はそのような立場に立っています。

歴史を学ぶということが、仮に歴史的事実を知ったり、歴史用語を暗記したりすることであるとすれば、コンピューターに勝る人間はおそらくいないでしょう。何より、それらは歴史の教科書をはじめ、辞書や専門書などに記されています。特段覚える必要はありません。大切なのは、歴史に学び、現代、さらには未来をよりよく生きるためのヒントを得ることです。その意味では、歴史学は現代学であり、未来学としても捉えることができます。

人はなぜ学ぶのか、と問われれば、私なら、人は幸せになるために学ぶのだ、と答えます。各種の資格を得るためとか、職務上必要であるからとか、様々な回答があるでしょう。しかし、詰まるところ、できるだけ幸せに生きたいから、人は学ぶのではないでしょうか。現代社会は平穏に見えながらも、様々な困難を抱えています。そうした問題を克服し、よりよく生きるためには、ゼロベースから考えるよりも、過去の歴史に学ぶことが有用です。古代ローマの歴史家クルティウス・ルフスは、「歴史は繰り返す」(History repeats itself.)と述べましたが、確かに人間は長い目で見れば同じようなことを繰り返し行ってきました。そうであれば、時代は違えども、現代社会が抱える困難と同様の困難を過去の人々が経験し、克服してきた歴史もあるでしょう。歴史に学べることは多くあるのです。過去の歴史を顧み、よき点は装いを新たに現代社会にどんどん活かしていきたいものです。そのことが、よりよく生きることに繋がると私は信じています。

高校生の皆さん、上記のような観点から、本学で私とともに歴史を学んでみませんか。

 

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山﨑 善弘(Yoshihiro Yamasaki)

プロフィール

専門:日本近世史、社会科教育学
略歴:関西大学大学院文学研究科史学専攻博士課程後期課程修了。神戸大学大学院人文学研究科地域連携センター研究員、奈良教育大学教育学部特任准教授を経て現職。

みなさんは、カウンセラーの仕事とはどのようなものだと思いますか?

多くの人があげるのは、「悩みや問題を抱えた人の相談にのること」だと思います。

しかし、実際のカウンセラーの仕事はそれだけではありません。ここでは一つの例として、「コンサルテーション」という活動を紹介したいと思います。

コンサルテーションとは、「ある専門家(コンサルタント)が、もう一人の専門家(コンサルティ)の関わっているクライエントの、精神衛生に関係した特定の問題をコンサルティの仕事の中でより効果的に解決できるように援助する関係」のこととされています。

少しわかりにくいので、スクールカウンセリングでの例をあげましょう。

たとえば、友達とのコミュニケーションが苦手で、学校を休みがちな生徒がいたとします。担任の先生は、この生徒が学校生活を円滑に過ごせるよう教育・指導したいと思うのだけれど、「コミュニケーションが苦手」という心理学的な(精神衛生に関係した特定の)問題にどのように対応したらいいのか困っています。

この場合、上に書いた「コンサルテーション」の説明のうち、「クライエント」とは学校を休みがちな生徒であり、「もう一人の専門家(コンサルティ)」とは担任の先生になります。そして、コンサルタントであるスクールカウンセラーは、担任の先生(コンサルティ)と話し合い、担任の先生が、生徒が抱える悩みや問題への理解をより深め、教育・指導できるかについて援助する・・・この活動がコンサルテーションです。

多くのみなさんが持っているカウンセラーの仕事のイメージは、この例の中では、「生徒の相談にのる」ではないでしょうか。しかし、カウンセラーの仕事には、悩みを抱えた人を(直接)援助するだけではなく、悩みを抱えた人に「関わる人を援助する」ことも含まれるのです。

ゴールデンウィークも終わり、大学では、4年生が就職活動の真っただ中、3年生も少しずつ活動を開始しています。そのような状況の中、“就活生”(就職活動中の学生)が、「就職活動をして、世の中には今まで自分が知らなかった仕事がたくさんあるのだなと思った」と言っていました。本当にそのとおりだと思います。そして、上で紹介したカウンセラーのお話のように、知っているつもりの仕事でも、(多くの人が知らない)別の側面もあるのだろうと思います。

これを読んでいる高校生のみなさんは、希望の大学を選ぶにあたり、自分が将来どのような職業に就こうかを考えていることと思います。関心のある職業について、本などで調べたり、実際にその職業に就いている人から話を聞いたり、職業体験やボランティアで体験したりと、さまざまな方法を使い、なるべく広い視点で考えてほしいなと思っています。

 

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山極 和佳(Waka Yamagiwa)

プロフィール

専門:臨床心理学
略歴:早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程満期退学。早稲田大学人間科学部助手、東京福祉大学社会福祉学部講師、東京未来大学こども心理学部講師を経て現職。博士(人間科学)。臨床心理士。

唐突ですが、質問です。あなたは、「男は仕事、女は家庭」という考え方に賛成ですか?それとも反対ですか?
私は社会心理学が専門で、ある社会的カテゴリーや集団の人々に対して抱かれているイメージや偏見に関する研究を行っています。それも無意識のうちのイメージや偏見です。「無意識って調べられるの?」と思う人もいるかもしれません。百聞は一見に如かずということで、ちょっとデモンストレーションしてみたいと思います。
下の図を見てください。よくある男女の名前と、仕事あるいは家庭に関する言葉が縦一列に並んでいます。それらを左右に分けてみてください。上のほうに黒背景で書かれているのが分類基準です。つまり、男性の名前と仕事に関する言葉は左側に、女性の名前と家庭に関する言葉は右側に分けます。

埴田先生_図1

同じようにして、次の分け方にもチャレンジしてみてください。分け方が変わっていますので注意してください。

埴田先生_図2

さて、1つ目と2つ目の分け方、どちらが分けやすかったですか?もし1つ目のほうが分けやすかったとしたら、あなたは「男は仕事、女は家庭」という考え方(専門的には態度といいます)を無意識に持っている可能性があります。まさにそうだという人が多いのではないでしょうか。ちなみに、大学生を対象に調べてみたところ、平均的には「男は仕事…」という無意識の態度が持たれているという結果が得られています。
学会でアメリカに行ったときのことです。夜ホテルに戻る道中、人気の少ないところで黒人の人とすれ違いました。そのとき、私の中でちょっとした緊張が走りました。自分が偏見がかった態度を持っていることに気づいた瞬間でした。偏見は望ましくないと思っていましたし、自分は偏見の持ち主ではないとも思っていました。しかし、どうやら私の無意識には知らず知らずのうちに偏見が埋め込まれていたようです。これが無意識の態度や偏見を研究しようと思ったきっかけです。
ここ数年で海外から日本に訪れる人は急激に増え、街中で外国の人を見かけることも多くなりました。多種多様な人と触れ合えるチャンスです。しかし、偏見がかった無意識の態度を持っていたら、外国の人とコミュニケーションをとろうとするモチベーションも上がりづらいかもしれません。こうした影響に打ち勝つための第一歩は、自分の無意識を知ることだと思います。幸いなことに(?)、無意識の態度を調べられるサイト(https://implicit.harvard.edu/implicit/japan/)もありますので、試してみてはいかがでしょうか。

 

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埴田 健司(Kenji Hanita)

プロフィール

専門:社会心理学

略歴:一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。追手門学院大学心理学部特任助教を経て現職。社会的判断・行動に影響する非意識的な心理過程について研究している。