第24回 偶然は必然、必然は偶然

投稿者:高橋 一公

「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け、滅せぬもののあるべきか。これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ。」

これは有名な幸若舞「敦盛」の一節で、織田信長はこれに人生の転機を感じ取り好んで演じたというのは有名な話です。

人それぞれに人生の転機となる出来事があります。私も省みると人生の転機というべき出来事をいくつか経験してきました。最近、それらにはどうも共通要素が存在していることを「確信」するようになってきました。今回は私自身の経験を振り返り、人生の転機になったことをいくつか紹介させていただき、その「確信」について触れさせていただこうと思います。

 

エピソード1 気の迷い

大学の入学式も終わり大学生活が始まったその日の出来事、いまとなって考えてみればこれが人生最大の転機だったのかもしれません。

日本史大好きな受験生(自慢にはなりませんが、日本史だけは全国模試でも上位の方にいました)は志望大学の受験に失敗したため仕方なく、希望していなかった文学部哲学科に入学。モチベーションもドン底まで低下していたため学科ガイダンスにも身が入らず、配られた書類になんとなく目を通していました。そのなかの一枚の書類に「どちらかを選択して提出のこと」と記され、選択肢に、

その1 Philosophy

その2 Psychology

という文字が・・・。要するに哲学科には哲学専攻と心理学専攻があることをはじめてここで知ることになったのです。英語表記されていたこの選択肢、当時心理学には全く興味を持っていなかった、いやその存在さえも認知していなかった私は鉛筆を転がすかの感覚で迷わず“philosophy”に〇をしていました。哲学は高校・浪人時代にも多少なりとも読書の友として哲学の入門書などを手にしたことがあったので、“philosophy”に軍配を上げていたのです。

グズグズしていると気がつけば教室には数名の学生と助手の先生(若い女性の方でしたが当時はとても大人に感じたのを覚えています。ドイツ哲学の先生でした。)のみ。「ああ、早く提出してとっとと帰ろう」と心の中で呟きながら教壇に書類をおいて立ち去ろうとしました。今でも鮮明に覚えているのですが、その時自分の中で何かが起きたかのような感覚が生じ(他の人に言わせれば神が降りてきた・・・ということでしょうか)、おもむろに振り返り、

「すみません。今提出したのですが書き直してもいいですか?」

と、声をあげていました。その先生はにっこり笑って「いいですよ」と返事をしてくれたので、深い考えもなく“philosophy”に訂正線をいれ、“psychology”に改めて“○”をいれ、再び提出したのです。いわゆる「気の迷い」のようなこの選択が私の人生を大きく狂わせる(?)結果となっていくのです。心理学との出会いは学問として自ら選択したものではなく、書類の中にあった選択肢としての“psychology”であり、もし漢字で「心理学」と書かれていたらそれを選ばなかったかもしれないと思うと、まさに偶然が生んだものだったのかもしれません。

 

エピソード2 諦めたはずが・・・

めでたく心理学に目覚めた学生時代を送り、発達心理学との出会いに自分の可能性が広がる夢を抱くような青年に、人生は更なる選択を迫ります。母校を離れ他大の大学院に進んだ私は当然ことながら同級生との知識量の違いに驚きながら多くのことを学ぶ機会に恵まれることになります。しかし、私の父は「大学までは出してやる。それ以降のことは自分で何とかしろ。」という考え方(省みれば当然のことですが)で大学院進学を「過剰学歴」と一言で切り捨ててくれました。とはいえ学費以外のことはかなり援助してくれていたので密かに感謝もしていました(当時の私はかなり捻くれ者だったようです)。

「その後」をどうするかという問題が当然起きてきました。専門学校などで非常勤講師や大学の教務補助などをしていましたが生活できるほどの給金を頂くことはできませんでした。そこで、研究の道を諦め一般企業への就職を検討することとなりました。バブル経済の末期ということもありまだ就職に関しては就職希望者が選択できるだけの余地があり、大学時代の恩師の紹介で2つの企業の面接を受けることになったのです。その2つの企業の特徴を簡単に言えば、

その1 労働環境が緩やかで残業も少ないが、報酬は低い。昇給も芳しくない。

その2 仕事は大変で残業が多いが、仕事した分だけ報酬はもらえる。やりがいはある。

皆さんならば、どちらを選ぶでしょう。私は迷わず、「その1」を選んだのです。モチベーションが低いとも思われるかもしれませんが、当時はまだ何かに未練があり自分の時間を持てることに魅力を感じていたのでしょう。ところがこの選択は次の選択に繋がるものとなっていくのです。実は入社した会社は心理検査の開発や安全教育などを手掛ける企業だったので、当然のことながら大学、大学院で学んだ知識を活用することができ、かなりのアドバンテージをもって仕事をすることができました。ただし大きく違うところは「商売」であることです。営業さんの取ってきた仕事に対して期待に応えるような商品開発をする、というような毎日を送っていくことになりました。時には安全教育の名のもとに公の機関で安全講習の講師などもこなすようになっていったのです。

諦めたはずの研究への道は自分の思惑とは別に偶然にも新たな心理学への道を開くことになろうとはこのときはさすがに考えていませんでした。

 

エピソード3 瓢箪から駒

企業人としての生活が5年を過ぎた頃、大きな転機が訪れます。紆余曲折しながらも企画開発部の中間管理職の肩書をいただきある程度は仕事ができるようになっていました。また、仕事柄様々な大学の先生方とも接触する機会も多く、心理学に対する知的好奇心をくすぐられることも決して稀なことではありませんでした。

そんな時、ある大学の先生が来社され、「大学に新しい専攻を作るのだが、社会人も対象にしたいと考えており企業の賛同書が必要なので協力してほしい。」と協力を求められました。私は上司と同席しており終始和やかな雰囲気で話は進んでいきました。その上司はその雰囲気の中で気が緩んだのか、「いっそ、こいつ(私)なんか講師で使ってみたらどうですか?(笑)」と冗談を飛ばしたのでした。その場は誰しもその場だけの話ということで気にもかけていませんでしたが、後日その先生から、「この間の講師の話、実現しそうなのでよろしく」との連絡が入り、私も上司も何がどうなったのかどうすればよいのかわからない状態に陥りました。冗談がホントの話になってしまい上司も断ることができず、「会社には内緒でやれ」と耳打ちする始末。大学非常勤講師と企業人の二足の草鞋生活が始まることになりました。

ところがこれで終わりませんでした。翌年には授業数が専任教員並みに増えて仕事どころではなくなってしまうのです。ここで人生最大の選択を迫られることになりました。その選択とは、

その1 会社を辞めて不安定な大学非常勤講師生活を選ぶ

その2 大学非常勤講師を整理して安定した企業人としての生活を選ぶ

です。さあ、どちらを選ぶか・・・。年齢は30代半ばになりかなり大きな選択となることは間違いありませんでした。私は当時独身で扶養する家族がいなかったことをこれ幸いに「その1」の不安定な道を選んだのです。この先何にも保証がない中での決断は無謀ともいえるものでした。しかしその時は自分なりに「最後のチャンス」と確証のない自信をもとに夢を見たのかもしれません。

7年半勤めた会社を辞め、再び大学院生時代のような貧乏生活を体験することになるのですが、この貧乏生活も1年半という短い期間で終了することになります。これも偶然ということのなるのでしょうが(詳細は割愛させていただきます)、ある大学から専任講師のポストをいただき大学教員としての生活をスタートすることができたのです。冗談から始まったこの話、「瓢箪から駒」というなにか偶然じみたものなのですが、よく考えてみれば瓢箪がなければ駒も出ないという、何か必然性を感じる経験でもありました。

 

この3つのエピソードはその時その時では全く個別の話かもしれません。しかし、考えてみればエピソード1の選択がなければエピソード2も3もありません。またエピソード2があったから3も起きたと考えれば、すべてが繋がっていることになります。今、振り返ってみればすべては偶然ではなく必然だったのかも知れません。ただ一つ言えることはその選択がその時正しかったかどうかは別にして、選択した道に自分の持てる力を注いで手を抜かなかったことです。

自分がおかれた状況に不平不満を言うのは簡単なことですが、自分の選択したものであるならばまずは持てる力のすべてを注ぐことが必要だと私は考えています。仮に足りないものがあれば、そこから新たに学んでいけばよいのです。きっかけは偶然であっても自分の選択に自信を持ち、自分の持てる力を十分に発揮すれば、いずれその選択は必然だったと考えることができるようになると思います。これがはじめに述べた「確信」の内容です。

「敦盛」の一節のように人生は儚いものかもしれません。しかし、何が起こるかわからない人生、誰しもできれば楽しく過ごしたいと思うはずです。しかし、楽しく過ごすことは決して「楽に過ごす」ことではないと思います。楽しく過ごすためにも偶然を必然に変えるような挑戦をしてみてはいかがでしょうか?

 

高橋一公
高橋 一公 (Ikkou Takahashi)
プロフィール
専門は生涯発達心理学、特に人生後期の発達や日本人の老年観に興味を持っています。臨床発達心理士、精神保健福祉士。共著として「家族の関わりから考える生涯発達心理学」、「図解雑学 発達心理学」など。