第32回 人生の岐路に立った時  「非行ブームの中で」

投稿者:その他

今思うと、あの時が私の人生の岐路だったのだと思います。

 

30年も前の古い話で恐縮です。30代半ばだった私は公立高校の教員をしていました。

 

ドラマ「3年B組金八先生」がテレビで放送され、話題を呼んでいたころです。学校は、非行ブームの真っただ中。生徒たちの問題行動は、中学校だけでなく高校にも広がっていました。高校進学率は95%を超え、ほとんどの中学生は高校に行くのですから当然の成り行きといえましょう。私が勤めていたのは、近隣の中学校の、いわゆる番長たちがこぞって入学してくる学校でした。入学式当日から対教師暴力が起きました。間もなくリンチ事件も起きました。窃盗、器物破損、喫煙は日常茶飯事で、私たち教員は毎日のようにその対応に追われました。

 

全国的に退職する教員が続出しましたが、私は、幼い子どもを育てながら教員を続けました。なぜ、私が仕事を続けられたか。それは、同僚と近所の人に恵まれたことだと今になって分かります。

 

問題行動が続出する中でも、私の学校では、教員同士が常に話し合って指導方針をつくり、皆で一緒に行動しました。そうすると、生徒たちも次第に落ち着きをみせるようになりました。同僚同士で知恵と力を出し合えば、困難なことでも乗り越えられることを実感した私は、辞めようなどと深刻にならずに仕事に取り組むことができたのでした。また、わが子の面倒を見てくれる人が近所にいて、職員会議で帰宅が遅くなる時や修学旅行の引率などで家を空けるときは、2人の子どもを預かってくれました。親戚が近くにいない私はとても助かりました。今になって、改めて、周りの人たちの支えがあればこそと、その人たちへの感謝の思いを深くしています。

 

人生の岐路に立ったとき、行く道を分けたのは、私の場合、『周りの人たちとのつながり』だったといえます。

 

 

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富田 初代 (Hatsuyo Tomita)
プロフィール

専門は教育学です。教員を目指す人たちを全力で応援します。教師の在り方、とりわけ学級・ホームルーム経営の中心となる担任の在り方についての研究が私のライフワークです。