第34回 モチベーション行動科学部で歴史を研究する

投稿者:その他

こんにちは。三村昌司(みむらしょうじ)と申します。歴史学、とくに日本近代史を専門に研究しています。今日は、そのなかで「討論の歴史」について少しお話ししたいと思います。

 

みなさんは、国会の様子をニュースなどで見たことがあるでしょうか。なにかの法案について、野党議員が首相に強い調子で迫る。それに対し首相が答えて、討論になる。ときには、野次が飛び交ったりもします。よくみる風景、です。

でも、ちょっと待ってください。当たり前のように首相と野党議員が討論をしているところを私たちは目にしますが、本当にこれは「当たり前」なのでしょうか。言い換えれば、日本で議会がはじめて開かれたとき、議員たちは今と同じように「当たり前」に討論できていたのでしょうか。

 

そこで日本の議会のさきがけと言われる、明治2(1869)年に開設された公議所の様子について、議員をやっていた人の日記や記録を見てみると、色々とわかってきます。話がやたら長い議員がいたり、単なる悪口でしかないことを言う者もいる。逆に、ただ周囲に流されて討論に参加しない者もいました。

 

しかし、考えてみればこういう人がいたもの当然でした。日本には江戸時代に議会制度はないので、議会で討論するという経験を誰も持っていないのです。場合によっては、反感がエスカレートして、意見の対立する相手を暗殺しようとする人もいたくらいです。

 

そこで、討論を円滑にするためにはどうしたら良いか。政府や役人が考えたのは、討論のルールを決めることでした。「自分のことが議長に呼ばれてから発言すること」「他の議員が発言している最中は、発言してはいけない」といったことです。そうやって、少しずつ人々は「討論の経験」を積み、現代にいたっています。今でも国会で激しい野次や討論がすれ違うことはありますが、意見の異なる相手を暗殺しようとする議員はいません。その程度までには、日本の政治はたどり着いているといえるでしょう。

 

現代において、課題の解決のためにはコミュニケーションのルールを決めておくことが大切だといいますし、適切なコミュニケーションの活用は、個人や組織モチベーションの高まりにも関係しているそうです。歴史を紐解けば、過去からも同じようなことが学べるように思います。歴史学を研究している私がモチベーション行動科学部にいる意味は、こういうところにあるのかもしれません。

 

 

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三村 昌司(Shoji Mimura)
プロフィール

専門は日本近現代史です。神戸大学大学院人文学研究科助教を経て、この大学に来ました。歴史というと暗記科目だと思われがちですが、「暗記しなくてもよい歴史」をみんなで学んでいきましょう。