第47回 ご主人様と召使

投稿者:高橋 一公

もう20年前になる。大学院修了後いったん研究を離れて一般企業で適性検査などの開発に関わっていた時、たまたま、ある大学の先生に声をかけて頂いてモントリオールで行われた国際心理学会で発表をすることになった。その学会には私の大学時代の指導教官(気品溢れるご婦人です)も同行していたのだが、その往路で一生言われ続けることになるある言葉を私は発してしまった。そしてこれが大学教員への転身のきっかけのひとつにもなっていくのである。
 
分析を担当し連名発表のため緊張感もなく、観光旅行気分で成田からシカゴ経由でモントリオールに旅発った。シカゴのオヘア空港は到着便と出発便のターミナルが異なりATSというシャトルで結んでいるほど巨大な空港である。そしてシカゴとモントリオールは国内線扱のためアメリカの入国審査を受けて出発便ターミナルへ移動しなくてはならないのだが、そこで事は起きた。入国審査の列に並んでいると日本からだろうか、小中学生くらいの子どもたちとそれを引率する父兄らしい集団(何らかのファミリープログラムだと思われる)が30名程先に審査を通っていった。そして恩師が一人で審査を受け、カウンターを過ぎたところで勿体無い話だが私を待っていてくれたのである。
 
いよいよ私の番である。英語が苦手な私に緊張が襲う。女性の入国審査官が差障りのない質問を投げかけてくる。「大丈夫だ!」と思った瞬間その審査官は恩師の方を見て、
“Is she your mother?”
と問いかけてきたのだ。いくら英語が苦手でもこれは解る。ではどのように答えればいいのか? 「大学の時の指導教官」を英語で言うとなんなのか。簡単に言えば日本語で言う「師匠」だよな・・・そもそも「師匠」とは英語で何というのか? 色々な事が瞬時に頭をよぎった。次の瞬間何故か頭に浮かんできたのは「スターウォーズ」のジェダイマスターのヨーダである。なぜヨーダが浮かんできたかについてはまたの機会とさせてもらうが、「ジェダイマスター」という言葉が頭から離れなくなってしまった。次の瞬間私の口から出たのは、
“She is my master.”
 
英語が堪能な方ならすぐにお分かりであろう。”master”は日本語の意味として「ご主人様」なのである。「スターウォーズ」の世界ではヨーダはルーク・スカイウォーカーやドゥークー伯爵の師匠という設定となっていたので、私は”master”と言ってしまったのである。その途端、審査官の表情が一変し「早く行け」と厄介払いをするように無言で手を振ったのである。お金持ちのマダムに使える召使とでも思ったのであろう。話がこれで終われば単なる旅先の恥のかき捨てで終わるのだが、しっかりと恩師にこのやり取りを聞かれていたのである。「それでは私はあなたのmaster、あなたは私のservantね」と笑いながら言われてしまったのである。その後、私がservantと言われ続けることになるのは説明する必要はないであろう。実際に「あぁ、のどが渇いたわ・・・お水が飲みたい」(恩師曰く、独り言で決して私に対して言った訳ではないと後日話していたが・・・)といわれてモントリオールのドラックストアに走ったりもした。これはひとつの笑い話に過ぎない。実際、私は恩師との関係の中で研究や仕事を中心とした様々な経験をさせてもらった。そして今回の笑い話のようなエピソードも両手では足らないほど思い出すことができるのである。
 
弟子たる者、師を見てその姿から学ぶためにはその姿を見続けることも必要であると私は考えている。今日の師弟関係にはいろいろ制約があり昔のような関係は難しいかもしれないが、学問における師と弟子はただ単に学術における関係だけではなく、価値観や立ち振る舞い、ユーモアなど生き方そのものに影響する多くのことを受け継いでいく関係であり、古くからある徒弟制度につながるものであると考えている。私の場合、恩師から学んだことは人生そのものに多くの影響を与えた。その師との出会いと鞄持ちのような経験が今の自分につながっていると思えば、servantと言われようがそれは逆に光栄なことと思えるのである。
こんな考え方をする私は“古い”のであろうか?
 
 

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高橋 一公 (Ikko Takahashi)

プロフィール

専門:生涯発達心理学、高齢者心理学

略歴:明星大学大学院人文学研究科修了、一般企業にて適性検査等の企画開発に関わり、その後山梨、群馬の私立大学を経て現職。臨床発達心理士。著書は「生涯発達心理学15講」他。