第62回 北風と太陽

投稿者:高橋 一公

当時、通っていた大学のゼミでは、3年生以上になると夏と春に地獄の合宿が待っていた。義務付けられたものではないが、毎回20名ほどの学生が参加していた。所謂卒業論文合宿である。大学の所有する伊豆某所の研修所において3泊4日程度で行われていたが、昼間はそれぞれの研究内容について30分~60分の発表、夜間は引率教官による個人指導と勉強漬けの合宿である。

3年生から参加すれば、3年生の夏・春、4年生の夏と3回の参加機会があるのだが、この教官はとても厳しく、学生からも敬遠されていた。合宿の状況の噂を聞いて参加を躊躇う学生がいたのも事実である。また、時間管理も厳しく必ず5分前行動を基本として遅刻寝坊厳禁で、朝は7時から海岸に散歩に行くことが義務づけられていた。大学3年生ともなればお酒やマージャンなど娯楽、睡眠への欲求が抑えられない年頃であることを考えればかなり精神的な抑圧を強いられたものである。ましてや現代のように、ゲーム機もパソコンもタブレットもなく当然のことながら携帯電話もスマートフォンも無い。またコンビニも無く近くの駅までは路線バスで20分程度かかるところであるため逃げ出そうにも逃げ出せない環境であった。

昼間の個人発表は大学4年生であっても発表だけでは30分も持つはずがなく、指導教官や助手の先生からの質問攻めという、吊し上げ状態で時間が経過することが多かった。中には涙する学生もおり聞いている学生も委縮し、居眠りや私語などできない状況だったことを覚えている(この涙の多くはふがいない自分たちに対する悔し涙である)。こんな状況なので夜も次の自分の発表に備えてお互いに研究内容について検討しあうなど、朝方まで勉強を続けることが多かった。また、自分の研究内容について指導教官に指導をお願いすることは不可欠だったが、これがまた地獄なのである。

基本、指導は1対1でありこれまた1時間程度の圧迫面接であった。誰しもがそこに行きたくない気持ちでいっぱいである。そこで私たちは考えた・・・「もう来なくていい」と言わせるにはどうしたらよいかを。まずは参加者全員が腹を括り必ず1回は指導を受けに行くことを前提に、その順番を決めて一人終わればすぐに次の一人が行くというように、とにかく教官を休ませないようにしたのである。そして深夜いや朝方まで続けたのである。そうすれば次の日の発表も楽になるかもしれないという淡い期待を抱きながらも・・・。

結果は完敗であった。教官は全く動じず次の日も同様に日程をこなしていったのである。今の世ならばこのような指導はパワハラ・アカハラといわれてもおかしくないかもしれない。しかし賞味3日の合宿が終わった時、それが日常の2~3か月に相当することを実感することとなり、合宿ごとに卒業論文の精度は明らかに上がっていったのである。

私たちは北風の様に力業で合宿を乗り切ろうとしたが結果は見事に打ちのめされてしまった。しかし、私たちは合宿参加回数を重ねるうちにあることに気が付いた。日頃から真摯に指導を受け、地道に課題をこなしていくことが一番楽な道であること・・・。そして、教官の顔が太陽のように緩むことを。

 

齢80を超えたその恩師と年に数度お酒をともにすることがある。今でも会うごとに小言を言われるがそれがまた心地よい。そしてその顔はいつも笑っているのである。

 

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髙橋 一公 (Ikko Takahashi)
プロフィール
専門:生涯発達心理学 老年心理学
略歴:立正大学文学部哲学科卒業
明星大学人文学研究科心理学専攻修士課程修了
株式会社電脳教育事業本部企画開発部勤務
身延山大学仏教学部仏教福祉学科准教授
群馬医療福祉大学社会福祉学部准教授