第8回 行動の原動力は「ぼよよーん」

投稿者:高橋 一公

最近、自分ことで気がかりなことがでてきた。娘におなかを触られ「ぼよよーん」と声を出されること、家内に「まったく・・・」と嘆かれること、いやそんな些細なこと(?)ではない。趣味や余暇に情熱を注ぐことが少なくなってきたような気がして仕方がないのである。決して仕事人間で余暇に興味がない、とか仕事が忙しくて時間がない、という意味ではない。若い時のように好きなことに情熱を注ぎ、内面から溢れるエネルギーを”燃やす”ことが少なくなったことである。中年の悩みである。
こんな愚痴のような始まり方で幻滅させてしまったかもしれません。本来ならばモチベーションを上げるためのコラムを書くのが本筋で、読んでいただける方に元気が出るような内容を選ぶのが必要だったのと思いますが、もう少しお付き合いいただいて、「中年の嘆き」についてもう少し詳しくお話ししてみたいと思います。 私は高校生の時に50㏄の原動機付き自転車を購入したのに始まり、最終的に1000㏄のオートバイを購入するほどの「バイク好き」で、休みとなれば雨が降ろうが風が吹こうが一人で遠出をするのも珍しくありませんでした。社会人になっても、連続休暇を取り一人で北海道へテントを担いで野宿するツーリングも経験してきました。また、真冬の極寒期でも防寒着に身を包み凍結していないところならば出かけました。ところが最近、これができなくなったのです。歳をとり体力が低下したというのも理由の一つかもしれませんが、一言でいうと「面倒くさい」のです。冬は寒くて面倒、雨が降れば濡れて面倒・・・というように。 もう一つにスキーがあります。大学から社会に出てしばらくの間は雪が降ればスキーへ行くというのが当たり前の生活をしていました。年間滑走日数が20日(社会人だったので週末の休日だけを利用しての遊びスキーで)を超えることなど珍しくありませんでした。スキー場でもお昼を食べるのを惜しんで朝から晩まで滑っていました。ところが最近は家族でスキーに行き、お昼前に行ってちょこちょこっと滑って、早々に宿に帰り少々のアルコールを飲んで寝てしまう・・・。友人とのスキー旅行はもっと悲惨でお昼からワインと料理で盛り上がるという、別にスキーウェアに着替えなくてもいいのではないかと思うほどの行いです。昔の情熱は今何処、という感じです。 さらに、10年ほど前までは毎週のようにジムに通い、筋トレをして上記の趣味たちに備えるかごとく体を鍛えていました。昔の写真にはゲレンデで半袖になり腕の力瘤で威嚇するようなポーズをとる自分が写っていました(いまでは腕の力瘤の代わりにお腹が人並み以上に膨らんでいます)。ところが今は運動どころか近くのコンビニに行くのにも自動車を使ってしまう始末。自虐的と思えるほどのトレーニングの欠片さえありません。

 

ここまで書くと本当に怠惰な生活を送っていると思われてしまうかもしれませんね。実は本論はここからで、決して私が否定的な人生を送っている訳ではないことを言い訳がましく付け加えておきたいとお思います。 エリクソン(Erikson,E.H.)は心理社会的発達理論という考え方を提唱し、ライフサイクルの中で各年代に定められた課題とそれが達成できない時に訪れる危機があることを示してくれています。大学生のように若い世代はこれからの自分の在り方について考え、自分というものを確立していかなければなりません(自我同一性の確立)。そして、青年期は失敗したり成功したりと様々な経験をするために社会から一時的に義務や責任を負うことを延期されている(モラトリアム)時代でもあるのです。 それに対して中年期は自分ことよりも家族や自分の後に続く世代に対して貢献していくという役割を担うことを期待されます。家庭や職場において指導的な立場で後進の育成にあたっていくのがこの時期の課題なのです。実は私があげた趣味の世界は「自分が楽しむ」ための活動です。当然のことながら一人の人間として趣味を持ち余暇を楽しむことは全体に必要なことですが、「自分だけ楽しむ」ことができなくなったところに若い時との違いが出てきているように感じます。「家族や仲間と一緒に楽しむ」ことに充実感を感じ自然と自分に向かうエネルギーが他者に分配されていくような構造がそこにあるのかもしれません。 人間をある行動に駆り立てる源泉としての欲求は生涯を通して一定ではありません。その人の年齢や地位、人間関係によって変わっていくのは当然のことです。他者との結びつきや絆にエネルギーを費やすことができるようになったと自覚することができれば、それは次のステージに向かって発達している証拠と考えてもよいのではないでしょうか。私自身に置き換えれば、エネルギーをアクティブな趣味に注ぐよりも、娘に「ぼよよーん」と言われることや家内に「まったく・・・」と言われる方が、自らに課せられた責任や義務に対して、その行動を駆り立てるエネルギーとして有効なのかもしれません。家族とのコミュニケーションのひとつのかたちとして肯定的に「ぼよよーん」や「まったく・・・」をとらえるならば、行動に駆り立てるエネルギーとしてのこれほど効果的なものはないでしょう。言い換えれば中年期のモチベーションは大切な人との結びつきによって強くなるのかもしれません。

 

モチベーション行動科学部モチベーション行動科学科 教授 高橋 一公

 

高橋一公
高橋 一公 (Ikkou Takahashi)
プロフィール
専門は生涯発達心理学、特に人生後期の発達や日本人の老年観に興味を持っています。臨床発達心理士、精神保健福祉士。共著として「家族の関わりから考える生涯発達心理学」、「図解雑学 発達心理学」など。。