外国人児童にも日本の新聞を ~NIEの試み~

2019年6月28日 投稿者:神部 秀一

 私は今、公立小学校の日本語教室で「切り抜き新聞」という実験的なNIE授業を実施しています。NIE((Newspaper in Education:教育に新聞を)とは、新聞を教材として取り入れた教育活動をいいます。日本語の新聞を使って、日本に来て平仮名がやっと覚えられたレベルの児童に「切り抜き新聞」をやってみようというのが、私達のプロジェクトです。
 3年前、群馬県伊勢崎市の公立小学校にこのプランを持ちかけたとき、日本語教室には新聞は置いてありませんでした。新聞が日本語指導に役立つとは、想像していなかったのです。
 初めて授業を行った日、校長先生から、子どもたちがこんなに関心を持つとは思わなかった、とその教育価値を認めるコメントを貰いました。そして、以後継続して年に4回、低・中・高学年に分けてNIE授業を行えることになりました。
 日本語教室で「切り抜き新聞」を実施すると、国語の授業で実施するのとは、ちょっと趣の違うことが起こります。今年も5月31日、同校を訪問し、今年最初の日本語教室NIEを行いました。2時間目の授業が終わったときのことです。同行して下さっていた本学の所澤潤教授が、「囲む」の指導場面がよかったというのです。
 はて? 授業者であった私は、何がよかったのか、ぴんと来ませんでした。
 授業の時、作業の手順を黒板に書きました。こんな手順です。①探す、②囲む、③切り抜く、④貼る、⑤感想を書く(日本語、自分の国の言葉)。
②の説明をした時、子どもたちには、「囲む」の意味がしっかり伝わらなかったようで、私が一人の子のそばに行って指導をしたのです。
 その場面を撮影して、文字化して下さった本学の佐藤久惠非常勤講師の記録を読んで、ようやく私も気付きました。
 
 T:〔新聞を広げて、記事を〕見つけました。先生これがいいと思う。見つけたらどうするんだっけ?
 P:ええと、切って。
 T:まだ早い、まだ早い。みつけたら、囲む。囲む。
 P:「囲む」、わかんない。
 
 その児童がわかっていない様子なので、私は5人の子どのたちのところに座席を移動して、こんな風に言っていたのです。
 
T:囲むってね、記事ってどこからどこまでかなあ。
 
 私は、「囲む」がわからないと言った児童の席に行って、目の前で、マーカーでゆっくり記事を囲んでみせたのです。
 
 T:ここから、こう来て、ここも記事の続きだよ。こうだなあ、こうだなあ。はい、「囲みました」。はい、「囲んだ」。「囲んだ」ね。
 T:言ってみよう。「囲む」、はい。
 P:囲む。
 T:記事を「探しました」。「囲みました」。次で切るんです。
 P:はい。
 
 「ここは、まさに直観教授。ぎゅうっ、ぎゅうっと書いて見せたから子どもによく伝わった」とは佐藤先生の言葉です。
 私が、やって見せて、言葉の意味を目に見える形で学ばせたのがよかった、ということなのでした。それにしても、それが、「ぎゅうっ、ぎゅうっと」と見えていたとは。
 国語教育ではこういうことを無意識に自然にやっているのかも知れません。しかし、それを日本語教育では意図的にすべきなのだ、と今回気付かされました。つまり動作で言葉の意味を教えることが、国語教育よりもはるかに重要なのです。
 
 ここまで解明して、私は思い出しました。所澤教授が「囲むが、囲んだになっていたけどね。でも、指導としてはよかった」とも仰っていたのです。
 「囲む」「囲んだ」「囲みました」。私は使い分けていました。それをどう教えるのか。
 授業記録を確認することで、自分の授業の新たな理解が生まれ、新たな問いが生まれます。私は、その違いをどう教え分けるか、という課題を貰っていたことに気づきました。
 
 

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神部 秀一(Shuichi Kanbe)

プロフィール

専門:国語科教育
略歴:群馬大学大学院教育学研究科修士課程修了。群馬県公立小・中学校勤務を経て平成26年度より現職。子どもが喜び、しかも、確実に国語学力が身につく。そんな授業を開発することが趣味。