映画で見る心理学:with ♥

2020年5月15日 投稿者:須田 誠

 核家族化・都市化等の社会変動による家族のコミュニケーションの変容を描いた小津安二郎監督の映画『東京物語』(1953年)。両親が広島の尾道から汽車で何泊もして東京で暮らす子ども達を訪ねて来るのですが、仕事が忙しい子ども達は両親をないがしろにします。そんな両親をもてなしたのは、実の子ではなく血縁にはない次男のお嫁さんだけでした。『東京物語』のオマージュとして、山田洋次監督が映画『息子』(1991年)を創りました。設定が変更され、二男が恋をする相手が聾唖者となっています。父と息子、そして恋人同士のコミュニケーションの断絶と克服が描かれています。やはり、血縁にはない次男の恋人が孤独な父親の支えになります。
 中島みゆきが『息子』のテーマソング『with』を歌ったのですが、映画に添った歌詞で「withの後に『孤独』ではなく『君の名』を綴りたい」というものでした。初めてライブで歌った時に最後に手話を用いたそうです。当時、音楽雑誌では「偽善」等の批判が出ました。中島みゆき自身は、いつも通り、反論も含めて何もコメントをしませんでした。しばらくぶりのライブでこの歌を披露しました。勿論、手話つき、コメントなしで。私はその場にいたのですが、手話を見た瞬間に、私は「この場にはいない人」の存在を思い知りました。
 人は、自分が所属する集団の性質を当たり前と思い込みます。その集団が多数派ならば尚のことです。言葉や価値観の違いだけでなく、髪や瞳や肌の色が異なる人、ハンディキャップを持つ人の存在は、知的には理解していても、感覚的には分かりません。無知は偏見を生みます。それは恐ろしい「心の病」です。人は、究極的に一人ひとりが異なるのですから、自分とは異なる性質を持つ人を排除することは、究極的には「この世に私ひとりだけ」になる自己破滅的な行動です。包摂のない社会は病みます。
 私には手話は分かりませんが、中島みゆきは手話で「with 」と歌っているように見えました。心の手紙に「with 」と綴ることができたら素敵ですね。
 

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須田 誠(SUDA Makoto)

プロフィール

専門:臨床心理学、コミュニティ心理学
略歴:臨床心理士、公認心理師。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。慶應義塾大学医学部非常勤講師等を経て現職。地域保健所等でひきこもり支援に従事。