獲得してきたものと失ったもの

2020年5月29日 投稿者:髙橋 文子

 遠隔授業という制約の多い状況の中で,3年生のゼミ生と見田宗介の「社会学入門」(岩波新書)を読んでいます。教育,文化,美術に関する幅広い問題意識をもっている学生が多いので,その卒業研究の土台としてこのテキストを選択しました。社会学は,人間を主役としてその関係性や社会現象をさまざまな側面からとらえることから「越境する知」とも呼ばれます。ちょっと離れて時空を旅しているようで,今回改めて感銘を受けました。心を揺さぶられる場面がいくつもあったのですが,それは読んでいただくお楽しみとして‥メキシコのインディオにとって,とっても大切な祭りが強く心に残りました。11月1日から2日にかけて亡くなった人たちが帰ってくる「死者の日」と呼ばれるこの祭り,人々は村の墓場で一緒に歌ったり踊ったりして夜と昼を楽しく過ごすのだそうです。日本のお盆に似ていますね。祭りのごちそうを準備するとき,予定の数よりも一人分多く作っておく,ご先祖さまがどこの家からも呼ばれない友だちを連れてくるかもしれないという発想です。この「余分の一人分」「開かれた共同体」の思想は,メキシコ社会の魅力であると記されています。見田さんの問題意識は,「近代」社会の構造や特性,その運命にあって,私達が近代化の歩みの中で獲得してきたものと失ってきたものに気付かされます。
 ちょうど1年前,昨年5月に本学で60~70歳の方を対象とした2回の連続公開講座「残したい記憶を絵日記のように描く:記憶画」を開催しました。コロナ禍の現在にあっては夢のようです。さらにもっと学びたいという10名程の声にお応えして,様々な技法を体験しながら記憶の伝承と視覚化を目指す記憶画研究会を6月から11月にかけて10回程開きました。参加のみなさんのテーマが多様で,とても興味深かったので少し紹介します。最高齢84歳のAさんは,故郷鹿児島の桜島の見える風景を,自分がいる浅瀬から四方を見渡してパノラマ的に表したいという壮大な構想。また,戦後間もなく満州から引き揚げてくる時に残っている幼少時の記憶は,海と船と毛布だけだったそう。毛布にくるまる少年のお話に引き込まれました。また,Hさんの故郷福島の残したい記憶は,小学生だったときに大雪が降り,父親が黒牛に丸太を引かせて除雪してくれ,その後に近所の子ども達と一列に並んで登校した話。雪が見えやすいように,茶色系の色画用紙に描くことを勧めました。3姉妹で初めて映画館に行って,大きなイスに座って映画を見た思い出を描いたのはMさん。昭和は近代化へまっしぐらの時代,不自由な生活から便利な世の中への移行が反映されていますが,主題となるのは目に見えない愛着でした。子ども時代の思い出は,人生を木の年輪に例えると根幹部分であるために,それらを語り合うことは,かけがえのない人生を肯定することになります。参加者のみなさんだけでなく,主催者の私もとても癒された時間となりました。
 3月末から2カ月が過ぎ,コロナ禍の“stay at home ”の生活は,皆さんに何をもたらしたでしょうか。加速してきた近代が新たな局面を迎えたといってよいでしょう。単身赴任生活小休止の私は,弱った父親の近くにいられ本当にありがたいです。料理や掃除,時短で行ってきた日々の家事に向き合ったり,ナズナがはびこっていた庭を菜園にしたり…この貴重な数カ月を忘れることはないでしょう。海外の情報には,多くの”solidarity”(連帯・団結)の主張が見られるそうです。対面では”Social Distance”を,心は”solidarity”を願ってやみません。
 

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髙橋 文子(TAKAHASHI Fumiko)

プロフィール

専門:美術教育
略歴:千葉大学教育学部、茨城大学大学院教育学研究科美術教育専修修了。茨城県内の小中学校、 茨城大学教育学部附属中学校教諭等を経て、現職。個に即した象徴的表象等、感性と学び合いを研究。