サッカースタジアムのエンドとサイド

2020年6月12日 投稿者:宅間 雅哉

今回は、イングランドと日本では、サッカースタジアムという空間の認識の仕方に違いがあり、その一端が観客席の呼び名に反映されているのではないか、というお話です。例として、名門マンチェスター・ユナイテッド(Manchester United)の本拠地オールド・トラフォード(Old Trafford)と、国内最大のサッカー専用スタジアムで浦和レッズの本拠地埼玉スタジアム2002を挙げます。

 

まずは図をご覧ください。

サッカースタジアムの図

一般に、線分a-b, c-dはゴールライン(goal line)、線分a-c, b-dはタッチライン(touchline)と呼ばれますが、それぞれをエンドライン(end line)、サイドライン(sideline)と呼ぶこともあるようです。以下では、後者を用います。次に各ラインに沿う観客席を、それぞれA, B, C, Dとします。破線(e)-(f)はエンドライン、破線(g)-(h)はサイドラインの中点をそれぞれ結んでいます。

 

『オックスフォード新英英辞典(Oxford Dictionary of English, ODE)』は、エンドラインのendを「あるもの[こと]の最後の部分」、サイドラインのsideを「もの、場所、あるいは中心とみなす点の左または右の位置」と定義しています。ポイントはendの「最後の部分」、sideの「左または右」です。

 

フィールドの選手たちは、相手ゴールを目指して、基本的に(e)⇄(f)の方向に動きます。エンドラインは、(e)-(f)両方向へ広がるフィールドの「終端」を示すラインであるだけでなく、選手たちの仕事の「最終段階」、つまりゴールを決めるという「有終の美」を演出する場を際立てるラインでもあります。一方、サイドラインは、選手の(e)⇄(f)方向への線的な動きを軸とすると、常にその「左右」に並行して伸びるラインであることがわかります。このように考えると、エンドラインとサイドラインは、フィールドでプレーする「選手の目線 “(e)⇄(f)”」を基準にした呼び方と言えそうです。

 

スタジアム

ではこれらの点を踏まえて、オールド・トラフォードの観客席の呼び名を見てみましょう。現在、Aはサー・アレックス・ファーガソンスタンド(Sir Alex Ferguson Stand)、Bはイーストスタンド(East Stand)、Cはサー・ボビー・チャールトンスタンド(Sir Bobby Charlton Stand)、そしてDはストレットフォード・エンド(Stretford End)と呼ばれています。全部スタンドでも良さそうですが、なぜかDだけはエンドで、しかも実はBには、スコアボード・エンド(Scoreboard End)という別名があるのです。この事実から、オールド・トラフォードには、サイドラインに沿う観客席をスタンド、エンドラインに沿う観客席をエンドとして区別しようとする心理が働いているとは言えないでしょうか。つまり、観客席の呼び名にも、フィールド発の「選手の目線」が生きているのです。掲載した画像は、ほぼこの「目線」で見たストレットフォード・エンドです。撮影場所はスコアボード・エンド最前列で、図の中の白丸付近です。

 

一方、埼玉スタジアム2002では、Aはバックスタンド、Bは南サイドスタンド、Cはメインスタンド、そしてDは北サイドスタンドと呼ばれます。すべてスタンドで統一されている点もさることながら、オールド・トラフォードでは「エンド」と呼ばれるBとDに「サイド」が用いられている点は注目に値します。つまり、埼玉スタジアム2002ではB, Dを「左または右」とみなす「目線」が基準になっているようです。一つの可能性として、メインスタンドCに座った「観客の目線 “(h)→(g)”」が考えられます。これなら「フィールドの後方(back)にある観客席」という意味で、Aをバックスタンドと呼ぶ理由も説明がつきます。また観客席にいる人は、選手ほど切実にエンドとサイドを意識する必要もありません。だから観客席はすべてスタンドでいいのです。

 

動的な選手の目線と静的な観客の目線、皆さんはどのようにお考えですか。

 

takuma
宅間 雅哉(TAKUMA Masaya)

 

プロフィール
専門:英語学(史的研究)、イギリスの地名研究
略歴:国際基督教大学大学院教育学研究科博士前期課程修了。山梨英和大学教授を経て、2012年より東京未来大学教授。