作曲家との対話で生じること

2020年6月26日 投稿者:竹内 貞一

人はそれぞれ,口調が違い,その人の人柄を感じることがあります。文章でも,人それぞれの筆致があって,文章の構成や,言い回しに人柄が表れます。文学作品でも,著者の人柄というのは,その文体にも表れ,自分とフィーリングの合う作家,合わない作家などが出てきます。本をたくさん読んだ人なら,きっと自分の好きな小説家,苦手な小説家がなんとなく分かれてくると思います。
手紙でも,文学作品でも,書いた人が目の前に居るわけではないけれど,その書き手の人となりを感じながら,込められた思いを読み進めるのではないでしょうか。過去の偉大な小説家の文学作品は,今を生きる私と,時空間を隔てているのに,心を揺さぶることがあります。
その点では,音楽も全く同じなのです。作曲家は,小説家が小説を書くように,楽譜にその人の筆致,言い回し,口調で表現しています。ですので,音楽作品を聞くとき,作曲家の人となりを感じることができます。そして,真剣に向き合えば向き合うほど,作曲家の人格によって自分自身の人格が揺さぶられることがあるのです。
ワーグナー, R.(1813-1883)という作曲家をご存じでしょうか。クラシック音楽に詳しくない人でも,彼の「結婚行進曲」を一度は耳にしていることと思います。このワーグナーという作曲家ほど,大好きという人達(Wagnerian)と,大嫌いという人達(Anti-Wagnerian)がはっきり分かれる作曲家は珍しいと思います。

 

ワーグナー

 

良きにつけ悪しきにつけ,世界を変えるほどのインパクトを与える人というのは強烈な個性(性格の著しい偏り)を持っています。ワーグナーに関する伝記を読むと,臨床心理学でいうところの「人格障害」に該当する逸話が山ほど出てきます。そして,彼の激しい人格が投影された筆致,言い回し,口調の音楽作品に触れた人に,大きな感情的な葛藤を引き起こす力を持っているのです。
ワーグナーの音楽作品について,当初,文壇で大絶賛を送っていたニーチェ, F.は,途中から作品に投影されたワーグナーの闇の部分を感じ取るようになり,やがてAnti-Wagnerianの立場を取っていきます。ワーグナーの音楽に触発されノイシュヴァンシュタイン城(シンデレラ城のモデル)を建築したバイエルン国王ルードヴィヒ2世は,国家財政が破綻に瀕するほどの経済援助をワーグナーに与え,後に謎の死を遂げています。ワーグナーの音楽に傾倒していたフランスの作曲家ドビュッシー, C.も,ワーグナーの音楽祭に参加する内に違和感や危険性を覚えて,Anti-Wagnerianの立場を鮮明にしていきます。これらの例は,人格と人格の真剣な向き合いの中で生じたことといえるでしょう。

 

ノイシュヴァンシュタイン城

 

音楽は,正確に,立派に,上手に演奏される名人芸が大切なのではなく,文学作品を精読するときのように,自分の人格と作曲家の人格の相互作用を感じ取ることで,深みを増すことになるでしょう。ちょっと心理学的な切り口からの音楽の聴き方というお話でした。
 

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竹内 貞一 (TAKEUCHI Teiichi)
プロフィール
専門:音楽教育学、音楽心理学、芸術療法
略歴:東京学芸大学大学院音楽教育専攻修了。早稲田大学大学院心理学専攻修了。臨床心理士。スクールカウンセラー、教育相談、小児医療における心理療法・査定に従事。