コーヒーの香りは教育学の香り!?

2017年7月7日 投稿者:その他

 私は大学という場所が大好きで、大学の先生になってしまった人です。そんな私が大学を好きになったきっかけの1つをお話しします。
 
 大学2年生の時のことです。文献講読の授業がありました。文献講読とは、本や論文の内容を学生が分担して発表し、皆で議論することで理解を深めていく形式の授業です。
 その時の課題文献は、ネル・ノディングスという研究者が書いた『ケアリング』という本の訳書で、とても分厚く重い本です。328ページ、定価4000円!辞書以外でこんなに重く、高価な本を買ったのは初めてだったことでしょう。
 難しくて、でもなんだかすごいことが書いてある予感があって、妙に重みのある本を携えて初回の授業にドキドキしながら向かった覚えがあります。
 ドキドキした理由は、もう1つありました。それは授業の場所が教室ではなく、先生の研究室だったことです。研究室は、先生の個人部屋ですから、先生の家にお邪魔するのと同じような気持ちがして、ドキドキしました。
 さて、当日。行ってみると、その授業の出席者は私を含めて4人。1人は1年生。2人が2年生。1人は3年生と学年もバラバラです。あまり面識のない学生同士、緊張しつつ座っていると、驚きのことが起こったのです。「まぁどうぞ」などとおっしゃりながら、なんと、先生がコーヒーを入れてくれ、一緒にテーブルを囲んで座ったのでした。
 出席者は4人ではありませんでした。先生も、共に『ケアリング』について学ぼうとする出席者だったのです。(もちろん、先生は学術書を読み慣れていて、格段に背景知識に詳しいので、学生と同じではありませんでしたが。)
 
 高校までにこのような形式の授業があるでしょうか。5人という少人数で、学年もバラバラ。先生の部屋で、コーヒーを飲みながら、先生も共に学ぶ。私が大学を好きになり、教育学に興味をもったきっかけの1つです。(ついでにコーヒーも好きになりました。)
 
 この経験からも分かる通り、教育学を学ぶ面白さは、大人数での一斉授業や学年制、教師は教える人→生徒は勉強する人という二分法など、知らず知らずのうちに当たり前になっていた学校的常識から自由になり、経験が相対化されていくことだと思います。(この学校的常識には相応の理由があるので、良い悪いは別の問題です。)
 そんな面白さを学生たちに伝えられているかなぁ、と試行錯誤しながら私は現在、大好きな大学という場所で日々授業をしたり研究をしたりしています。(コーヒーも入れています。)
 
 

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後藤 正矢(Masaya Goto)

プロフィール

専門:教育学
経歴:東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。東京都内公立小学校教諭、東京教育専門学校専任講師などを経て現職。現在は教員養成・保育者養成の歴史的研究に注力している。