モチベーション行動科学部では1年次に基礎演習という必修科目を開講しています。今年度、私が基礎演習を担当することになり、受講生には、大学のある堀切・関屋・牛田・北千住界隈の成り立ちについて考えてもらっています。選挙権をもち、将来、民主主義社会の担い手となっていく若者にとって、自分の身の回りの社会について考え、どのように行動すべきか決めることは大切なことです。そのため、「わがまち」について考えるというテーマは、小学校から高等学校までの社会科の授業でも定番になっています。また、どのようなビジネスが、どのような時期・背景で、どのように発展・衰退していったかを知ることは、就職活動時の業界研究にも欠かせません。基礎演習は、このような身近なテーマで、大学での学びの基本スタイルを身につけられるようにと考えられています。
 授業の準備をするために、私自身、現代の国土地理院発行の地図の他、江戸時代の伊能忠敬が描いた『江戸府内図』、江戸時代の観光ガイドブックである『江戸名所図会』を頼りに、大学周辺を歩き回って想像を膨らませてみました。『江戸名所図会』は、現在の東京未来大学周辺をパノラマ図に描き、田園風景の美しい景勝地として紹介しているのですが、現在の道路や施設を図に当てはめてみると、伊能図に劣らぬほど正確な図であることに驚かされます(付図)。
 大学の正門脇の路地から牛田薬師とも呼ばれる西光院につづく小道は江戸時代から存在していたようですね。さらに注意深く見ると、大学前の通り沿いには用水路も描かれています。この用水路は、現在、見当たりませんが、マンホール下の下水道として残されていると推測できます(写真)。また、墨堤通りは、その名の通り堤防であったことが、図からも分かりますが、現在のルートとは違うところも見られますね。これは、駅付近の人通りを避けて新たに自動車道が整備されたことや、鉄橋化された綾瀬橋が新たにつくられたことによるものでしょう。《空想》とは異なり、《根拠の伴う想像》は「仮説」を生みます。どんどん「仮説」を膨らませ、あとから実際に検証していきましょう。江戸時代と現代では景色は大きく変わってしまっていますが、江戸の小道を思い浮かべながら付近を散策してみるのも楽しいものですよ。自分なりの楽しみを見つけながら学ぶというのも、大学生の学びには大切ですね。
 
 
02-03e4
図:『江戸名所図会』に描かれた「牛田・薬師堂・関屋里/関屋天満宮」(現在の東京未来大学周辺)
出所:松濤軒斎藤長秋[著]・長谷川雪旦[画](1834-1836)『江戸名所図會』7巻,19冊,27~28葉(国立国家図書館デジタルコレクション[http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2563398?tocOpened=1])。東京未来大学は赤色の区画に建てられています。現在の地名・施設名を青字で記し、大通り(墨堤通り)を桃色、旧道となった道を橙色、西光院に至る小道を黄色、大学前の通り沿いの水路を水色で塗分けしてあります。
 
 
1
写真:東京未来大学前の通りにあったと考えられる水路(想像図)
2019年7月10日撮影。歩道部分(水色)のマンホール下に江戸時代の用水路が眠っているようです。
 
 

tazawa_yoshiaki
田澤 佳昭(Yoshiaki Tazawa)
プロフィール
専門:国際政治
略歴:日本大学大学院博士後期課程政治学専攻満期退学。道都大学短期大学部専任講師・同経営学部専任講師・准教授を経て現在。南シナ海・東シナ海の沖合無人島嶼・海洋境界をめぐる国際問題を研究。

 ICT の発展により、情報はますます早く廉価に入手できるようになってきています。しかし、高齢者や障がい者の多くは、情報通信機器を使いこなすことが困難な状況にあり、社会的に大きな問題となっています。とくに視覚や聴覚の障がいは、情報の利用に深刻な困難をもたらす情報障がいともいえます。
 1995年に発売されたWindows95は急速に普及し、DOSに取って代わって主要OSになりました。DOSはパソコンに作業させるため、キーボードから命令文(コマンド)を入力しておこないました。指先の感覚だけを頼りにしてキーを叩くブラインド・タッチにより画面表示がなくても操作ができました。しかし、WindowsではGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を採用しているため、マウスなどの操作が必要となり、画面表示がなければ操作できません。DOSで使っていた視覚障がい者用ソフトなどもWindows上では利用できません。加えて、Windowsが世の中の主流になってしまったために、DOS用のソフトウエアやハードウエアは次第に供給されなくなりました。こうしたことから、視覚障害者のパソコン利用を巡る状況は総体的に悪化してしまいました。
 しかし現在では、視覚障がい者用の情報機器にはさまざまなものがあります。スクリーンリーダとよばれる画面音声化ソフトにより、画面の情報を音声で読み上げることができます。障がいがある人もさまざまな情報にアクセスできるようにするために、日本では日本工業規格(JIS)でその対応をしています。この規格には対象製品による個別規格があり、例えば「情報はいくつかの方法で伝わるようにすること」「画面に文字が出るだけではなく、音声でも伝わるようにする、アラームが音で出るだけではなく、画面でも警告が表示されるようにする、などの配慮をすること」が示されています。
 このようにアクセシビリティにより、情報やサービスを、障がい者や高齢者を含む誰もが不自由なく利用できるようになってきています。アクセシビリティ(accessibility)は近づきやすさ、アクセスしやすさという意味でもあり、多くの人が利用できる場合に「アクセシビリティが高い」といった表現で用られており、使い勝手を表すユーザビリティ(usability)と似た意味でも使われてきています。
 
 

Sugimoto_Masahiko
杉本 雅彦(Masahiko Sugimoto)

プロフィール

専門:ヒューマンインタフェース

略歴:信州大学大学院工学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(工学)。NICT委託研究/ 革新的な三次元映像による超臨場感コミュニケーション技術の研究開発に従事。

突然ですが、次にあげる言葉の〇〇には共通の語句が入ります。
どのような語句が入ると思われますか。(〇〇は二文字とは限りません。)
 
「ハッピー〇〇」、「ポジティヴ〇〇」、「プロダクティヴ〇〇」
 
お分かりになりますか。これはどうでしょうか。
 
「サクセスフル〇〇」、「アンチ〇〇」
 
最後のところで、「もしかして?」と思われたかもしれませんね。
答えは、「エイジング」です。つまり、「加齢」を意味する言葉です。
 
ところで、みなさんは、加齢、つまり「年をとる」ことに対して、どのようなイメージをお持ちでしょうか。
おそらく、あまり良いイメージをお持ちではないかもしれません。
長寿を祝うことがある一方で、身体・認知機能の低下、ネガティヴなライフイベントの増加などといった、
加齢のもつマイナスの側面は受け容れ難いのが正直なところかと思われます。
先ほどあげた「アンチエイジング」について謳った商品を目にすることも決して珍しいことではなく、
「なるべく年は取りたくない」、「-5歳を目指そう」、「いつまでも若々しくいたい」、
そう思うことも決して不自然ではないようにも思われます。
このように述べていきますと、高齢期をポジティヴな感情をもって過ごすということが難しく感じられるかもしれません。
 
私たちは、どのように「年を重ねること」と向き合えばよいのでしょうか。
そこでヒントになるのが、様々なエイジングのとらえ方です。
プロダクティヴ・エイジングとは、「生産的老い(収入にはならないかもしれないが市民として価値ある活動ができるという考え)」を指す言葉です。
そして、「サクセスフル・エイジング」は「成功した老い」とされ、生産的・自立的であり、社会貢献を成す老い方を指します。
つまり、加齢の否定的な側面だけではなく、ポジティヴ・エイジングの意味する「老いの肯定的側面」を捉えていこうとする考え方が高齢者心理学の分野では提唱されています。
 
現在、90歳以上の高齢者や百歳以上の方が増えています。
この年代の多くの方は、誰かの支援を受けずに自立して生活をすることが困難であり、介護が必要となります。
そのような状況でも、たとえ身体が動かなくなっても、他者から見てどうかではなく、
本人が、主観的なポジティヴ気分を維持できるか、ひいては「幸せ」を感じていられるかどうか、そ
れがこの年代を生きぬくためには大切になってきます。それがハッピー・エイジングの考え方です。
誰しもが年をとることは避けられませんが、ハッピー・エイジングの考え方は、これから高齢者になっていく年代にも、そして、高齢者の中でも比較的若い年代にとっても、年を重ねることに対しての心づもりを示してくれているように感じます。
 
 

shimanouchi_aki
島内 晶(Aki Shimanouchi)

専門:生涯発達心理学

略歴:明治学院大学大学院心理学研究科博士後期課程修了。(地独)東京都健康長寿医療センター研究所(旧、東京都老人総合研究所)研究生、群馬医療福祉大学社会福祉学部准教授を経て、現職。

第86回で、磯友輝子先生が「ペイフォワード」について解説されました。
https://blog.tokyomirai.ac.jp/m/?p=1071
私も教員生活20年余りになりますが、就職先の内定や卒業時に「ありがとうございます。先生に恩返ししたい」という言葉をもらうことがあります。そういう時には必ず、「今はまだムリ、社会人経験を積んだ上で、仕事で活躍して、その生き様を後輩たちに紹介してください。」と答えます。「ペイフォワード」は「恩送り」とも呼ばれることがあります。
 
以前、教員をしていた北海道で一緒に商品開発や企業、行政とのプロジェクトをともにし、就職活動の支援をした社会人が今でも繋がっていて百数十人います。そんな若手社会人がゲスト講師の授業が東京未来大学にはあります。まさに、「恩送りの授業」で、「事例で学ぶビジネス」という科目です。
 
授業内容は講師の仕事内容だけでなく、学生時代の活動や経験について、関わる人や組織との出会いやきっかけなども話します。また、そういった経験が現在の仕事にどのように役立っているかや、学生たちの将来のキャリアに向け、これからの学生生活へのアドバイスも行います。
 
講師の多くは北海道の小規模な有名とは言えない大学出身ですが、有名大学の学生も羨むような一流企業に入社し、ホームページで紹介されるほど活躍している人もいます。いわば、未来大生のロールモデルになるような社会人です。「すごい人と思ったけど、初めからすごかったわけではない。学生時代に成長したからすごくなったのがわかった。私もそうなるために努力したい」という感想が多く見られます。
 
そして、ついに今年の授業ではモチベーション行動科学部の卒業生が講師として、授業を行いました。彼は有名国立大学生を差し置いて、大企業の企画・研究部門に配属指定で入社し、短期間で目に見える活躍をして、マスコミで人工知能の解説をするまでに活躍しています。そんな彼自身も、この授業でロールモデルとなる講師から刺激をもらい、その後の学生生活が変わった人です。まさに、この授業で受けた恩を後輩に渡す「恩送り」を実現させたと言えるでしょう。
 
 

shinozaki_masaharu
篠崎 雅春(Masaharu Shinozaki)

プロフィール

専門:マーケティング
略歴:慶應義塾大学法学部、慶應義塾大学大学院経営管理研究科卒業。凸版印刷消費行動研究室、たくぎん総合研究所経営コンサルティング部、道都大学経営学部をへて、2012年より現職。

新学期が始まりました。我が家では,中学生になった娘(歴史好き)が,新しくもらった社会の資料集に興味津々です。
読みふける娘を真似て,小学5年生の息子は理科の教科書をパラパラ。
「メダカの勉強をするんだって!」とワクワクしています。
 
娘 :「理科かぁ。覚えることがたくさんあって大変な気がするけどな。」
息子:「なんで?理科は考えればわかるじゃん。社会の方が覚えることいっぱいあるよ。」
娘 :「歴史は全部つながっているもの。覚えるのはそんなに大変じゃないよ」
息子:「?」
 
あらあら,ちょっとおもしろい話になってきました。
 
皆さんは「理科は覚えることが多くて大変」派ですか? それとも「社会は覚えることが多くて大変」派?
 
私は,教育心理学,その中でも,子どもの学びを研究し,よりよい教授法を考えるという分野の研究をしています。大学院生時代,私の恩師は以下のようなことをおっしゃっていました。
 
「文系の学生に聞くと,理科などの理系科目は覚えることが多くて大変だと言い,理系の学生に聞くと社会などの文系科目は覚えることが多くて大変だと言うんだよ」
 
これは一体どういうことでしょう?この疑問に答える鍵は,私たちは「覚える」というときに「丸暗記」をイメージしているということです。文系科目にしろ,理系科目にしろ,教科書を丸暗記するのは大変なことです。
 
しかし,たとえば,理科が好きで,教科書にかかれている法則や公式の成り立ちをしっかり理解している人は,それを応用して別の法則を導いたり,いろいろな問題を解いたりすることができます。一方,社会が好きな人は,歴史上の様々な出来事を年号とあわせてひとつひとつ丸暗記しなくても,出来事の意味を考え,他の出来事と関連付けて理解し,推論することができます。得意な科目については,実は丸暗記はしていないのです。だから,「覚えることが多くて大変だ」と思わないのでしょう。
 
教科書を開けば覚えなくてはいけないことがたくさんあります。それらをよりよく覚えようとするときには,丸暗記するのではなく,意味を理解しようとすることが大切です。先の例のように,私たちは得意なこと・好きなことでは意味を理解するという学習方法を自然にとっているわけですが,どうも苦手だと思うことでも,意味を理解しようとしてみてください。なぜそうなるのかわかったと思った瞬間に,その他の関連する事柄についても理解が進むはずです。
 
さてさて,私の子どもたちにも,どうしたらよりよく覚えられるのか,教えてこなくては。特に,娘には理科の,息子には社会の覚え方の教授が必要なようです。それぞれ得意な教科が違うようですから,得意な教科の理解の仕方を教え合ってもらうのもいいかな。
 
 

kobayashi_hiroko
小林 寛子(Hiroko Kobayashi)
プロフィール
専門:教育心理学
略歴:東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学後、日本学術振興会特別研究員PDを経て現職。博士(教育学)。学習上の不適応の問題に、個別指導や授業改善を通して取り組んでいる。

集団的な応援活動とはなにか?
あらためて振り返ってみると、その活動には複雑な側面があることに気づく。
対象者を思いやることから応援したい気持ちになるという利他的な行為なのか、あるいは勝手に自分を対象者に投影して頑張らせてしまおうという身勝手な気持ちから生じる行為なのか。
そのどちらであるにせよ、学校教育では仲間を応援することがあたかも完全な善でもあるかのように、とくに学校行事等においては教育的指導の一環ともされてきたようだ。
さらには、応援指導部(いわゆる応援団)なるものが現われて、猛暑のなかで変形学ランを着たり巨大な応援旗を掲げたりして、独特な文化的象徴を用いながら集団的な応援活動を統制したりしてきたのである。
この独特な文化的象徴を用いた集合的な応援の統制方法にこそ、他の国や地域の文化にはみられない日本の文化的独自性があらわれているのであるが、私を含めた一般的な日本人は通常のこととしてとくに気にすることもなくスルーしてきたのである。
もちろん他の国々でも、チアガールがいたり伝統的な大学のカレッジ・カラーを掲げながら集団的な応援活動を統制するリーダーが存在してきたことは事実である。近年では、北朝鮮の美女応援集団のなかにその応援を統制する美女リーダーの姿がテレビのニュースで報道されていた記憶のある人もいるだろう。
しかし、日本の伝統的な応援指導部のリーダーがそれらの多文化の応援指導のリーダーたちとは決定的に異なる部分がある。
それは、彼らは集団的な応援をリードするための技法をただドライに練習・習得してその役割を果たしているのではなく、応援の対象である選手の勝敗に向けた日々の練習の努力を凌駕する勢いのテンションを伴った鍛錬を自らに課しているという点である。
つまり、身を削るような理不尽な修行の実践ともいえる訓練を行うことにより自己犠牲的な精神を養い、それにより昇華された気合と気迫が、集団的な応援の力を高めることにつながる(はずだ)という歴史・文化的な思想に基づいている。
その意味において、極めて日本的な文化が学校教育の領域において表象されているともいえる。このような精神文化のあり方とブラック企業やブラックな政治風土の形成とが無関係ではないと誰かいえるだろうか。

 

kanatsuka_motoi
金塚 基(Motoi Kanatsuka)
プロフィール
専門:教育学・生涯教育
略歴:早稲田大学教育学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(教育学)。帝京大学福祉・保育専門学校専任講師などを経て、東京未来大学モチベーション行動科学部講師~現在に至る。

 かつて経営の神様と称えられた松下幸之助氏の名言のなかに「企業は人なり」という言葉がある。松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)を一代で築き上げた同氏が残した名言は数々あるが、中でもこの言葉は今でも経営学を学ぶ人々の心を捉えてやまない。
 企業にとっての最大の資産は、今も昔も「人」であることは変わりない。それゆえ、技術が革新的に進んだ現代においても、企業にとって「人材育成」は常に最重要課題となっている。自発的に行動する優秀な社員で構成される企業組織と、そうでない社員で構成される企業組織では、仕事における作業効率も生産性も異なってくる。そこで注目をされているのが行動科学的アプローチである。
 一見すると、「行動科学」と「経営学」ではつながりが見えづらいように感じるが、元来人間の行動を学問的に研究する行動科学の考え方は、企業における組織運営や従業員のマネジメントだけでなく、マーケティングといった分野にも応用が可能である。このように行動科学のアプローチを「組織」や「人」の管理に応用した手法は「行動科学マネジメント」と呼ばれており、経営管理や消費者行動調査の現場においても活用されている。
 21世紀に入ってから、世界の至る所でグローバル化が加速している中、外国人労働者の増加と共に日本企業も人材が多様化し、組織の多文化化が進んでいる。その一方で、海外に市場が広がることによって消費者も同様に多様化している。こうした変革の時代にこそ、「人」の行動を知り、経営活動に活かしていくことは大変重要なことである。
 そして、この流動的な変革の時代において、経営学領域の学問を学びたいという人にとって、行動科学的なアプローチを学ぶことは、まさに「鬼に金棒」であると言っても過言ではない。それどころか、むしろ経営の神様の言葉の真意に近づけるのではないだろうか。

 

kaku_iyo
郭 潔蓉(Iyo Kaku)
プロフィール

専門:東・東南アジア地域の政治経済、国際経営環境分析
略歴:ボストン大学大学院国際関係学専攻修士課程、筑波大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。代表著書に『グローバル教育の現在』他。

 4年生の卒業研究の提出が終わり、ホッとしたのも束の間、年の瀬に教員ブログの依頼が来た。締め切りは1月半ば、テーマは「各学部と専門領域の関連性、可能性」。なかなか厄介なお題だ。専門は認知心理学なので、認知と感情のお話として「人はネガティブな気分(ポジティブな気分)の時に、嫌な(楽しかった)出来事を思い出しやすくなる」といった気分と記憶について書こうかとも思ったが、お正月や受験のある1月のテーマに相応しくない気がしたので断念。で、しばらく考えて、お正月らしく、「蜜柑」と「独楽」について書くことにした。心理学なのに「蜜柑」と「独楽」とは如何なもんかと我ながら思う。我ながら思うが、日常場面と心理学の接点を考えると時期的に丁度良い。それに、下手に商品やキャラクターを使うと著作権や意匠権に引っ掛かりそうでもある。
 さて、冬になりスーパーなどでネット入りの蜜柑をよく見かけますが、蜜柑のネットは大体、赤色です。ネットの色が黒や緑ではなく、赤色なのには理由があります。これは、赤いネットに入れた方が、蜜柑の色が鮮やかになり、より美味しそうに見えるからです。このような現象を同化現象と言います。他にもオクラやニンニクなどのネットに入って売られているものは、素材の色を鮮やかに見せるために同色のネットに入れて売られています。蜜柑やオクラをネットから取り出してみたら、思ったよりもキレイな色でなかったのは、このためです。また、照明器具の影響もあります。光の中には色味成分(波長)が含まれていますが、照明器具によって、その色味成分が異なります。そのため、照明器具によっても色の見え方が異なりますが、物体に当たって跳ね返えってきた光(反射光)によって、色を知覚しているためです。一般的に蛍光灯は青味成分が含まれるため、食品や料理の色味がくすんでしまうと言われます(今は、青味成分がカットされた蛍光灯もあります)。
 先ほど、物体に当たって跳ね返えってきた光(反射光)によって、色を知覚していると書きましたが、下の独楽(ベンハムの独楽の模倣)を回すとどのような色が見えるでしょうか。ぜひ試してみてください。

 

岩﨑先生図

 

iwasaki_satoshi
岩﨑 智史(Satoshi Iwasaki)
プロフィール

専門:認知心理学
略歴:立正大学大学院心理学研究科博士後期課程修了。東京未来大学 こども心理学部助手、同助教を経て現在、東京未来大学モチベーション行動科学部講師。

 12月14日は卒業研究の提出締め切り日でした。直前の1~2週間は、多くの研究室で4年生が(そして先生方が)必死の形相で論文執筆に取り組んでいました。私の研究室も修羅場と化していました。

 この時期になると、学部生時代にお世話になった院生の先輩の言葉を思い出します。先生や先輩は研究にアドバイスをしてくださり、論文執筆の際には、「赤い紙だったか?」と疑うほどに丁寧に添削をしてくださいました。そこで、卒業式後の懇親会で、お世話になった方々にお礼を伝えると、先輩はとても素敵な言葉をサラッと発しました。

 「その感謝は後輩に渡せばいい。そうやって人は育つんだから。」

 人は、恩を受けた相手に対して同等のものをお返ししようとする「返報性の規範」を持ち、行動すると言われます。しかし、先輩は、それを別の相手に渡すことで間接的に返報をするようにと述べたのです。

 先輩の言葉を胸に、自分が院生になったときには、学部生に対して同じように接してきたつもりですし、教員になってからも、あの恩を学生たちに渡すつもりで卒論指導をしています。卒論指導は、正直、とても大変です。でも、ついこの間まで右往左往していた学生が、私の助けで成長し、その姿を近くで見ることができると嬉しくなります。親切行動をするとポジティブ感情が高まるという知見がありますが(Otake et al., 2006)、実は、私も「喜び」「幸せ」という報酬をもらっているのです。人を助けたり、協力する行動は、外的報酬を期待することなく自由意思から他者に恩恵を与える利他的行動とされてきましたが、心理的・物理的な見返りあると期待することで利他的行動が行われる場合もあると言われています(互恵的利他主義と言います)。いわゆる、「情けは人の為ならず」(人に親切にすると、巡り巡って自分によい報いがくる)ということです。

 この時期、時々、卒業生が陣中見舞いに来てくれます。差し入れを持ってきてくれたり、4年生の論文をチェックしてくれたり、今年などは家庭教師のように付き添ってくれたり。卒業生も「感謝を後輩に渡す」気持ちを抱く人に育ってくれたようです。なんと教師冥利に尽きることか。あ、また私が「幸せ」をいただいてしまいました。

 ちなみに、タイトルの「ペイ・フォワード」とは、ミミ・レダー監督の映画です(ワーナー・ブラザーズ配給)。主人公の男の子が、社会科の授業で出された「世界を変える」方法として、自分が受けた善意を他の3人の人に渡すことを提案をしています。先輩の言葉は、まさにペイ・フォワードだなと思っています。

 

<引用文献>

Otake, K., Shimai, S., Tanaka-Matsumi, J., Otsui, K., & Fredrickson, B. L. (2006). Happy people become happier through kindness: A counting kindnesses intervention. Journal of Happiness Studies, 7, 361-375.

 

 

iso_yukiko
磯 友輝子(Yukiko Iso)
プロフィール

専門:対人社会心理学
略歴:日本大学国際関係学部、名古屋大学文学部卒業。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得退学。同大学院助手、本学こども心理学部講師、准教授を経て現職。

 テレビを付ければ、(NHK以外は)広告が四六時中流れ、電車に乗れば目の前に広告が、街を歩けばいたるところに広告が、バス1台丸ごと広告媒体になっていることも!スマホをいじれば、これまた広告!

 なぜ、これほどまで多くの広告が私たちの身の回りにあるのでしょうか?何の効果もなければ行われないでしょうから、何かしらの効果が期待できるから行われているはずです。では、どのような効果なのでしょうか?「広告を見たら買ってくれるから」でしょうか?

 

 かつてスーパーマーケットに品揃えされた食品と日用品の新製品で、テレビCMが投入されている40品目の購入者に対して調査を行いました。棚から商品を手に取って買い物カゴにいれた時点にその場で、なぜその商品を手に取ったのか、それを購入しようと考えたのか、を尋ねたのです。その結果、そもそもその商品の購入を事前に計画してきた人は全体の25%程度でした。そのうちの約50%が「広告を見たから」でした。確かに購入を計画してもらう効果が広告には存在していたのですが、購入者全体からみるとわずか13%に過ぎません。この程度の効果なのに多額の広告費を投入する意味があるのでしょうか?

 

 この調査であることに気が付きました。その商品の購入を計画して来なかった人々の中に「この商品の広告を思い出したから」という回答があったのです。そして、その比率は何と全体の18%だったのです。テレビCMが記憶に内在し、売場でその商品を見て記憶から引き出された結果、購入に結び付いたのです。これはまさに間接的な広告の効果といえましょう。こうした購入を「広告想起購入」と名付けました。

 

 買い手の記憶に残るような広告を制作し、また、売場では広告を想起しやすくする工夫が重要となることは言うまでもありません。さてどのようにすればよいのでしょうか?

 この続きは次回としましょう。ぜひ、記憶しておいてください!

 

watanabe_takayuki
渡邊 隆之(Takayuki Watanabe)
プロフィール

専門:マーケティング、消費者行動
略歴:早稲田大学大学院商学研究科博士前期課程修了。(株)イトーヨーカ堂を経て、学習院大学大学院経営学研究科博士後期課単位取得退学。(財)流通経済研究所理事、創価大学・沖縄大学教授を経て現職。