およそアニメツーリズムとはアニメや漫画の舞台となった地域を訪れる旅行を意味しますが、これが地域活性化の手法とされて久しく、目を見張るほど増えてきました。たとえば、東京未来大学の近くであれば、葛飾区の四ツ木の『キャプテン翼』や亀有の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。お隣の埼玉県では久喜市の『らき☆すた』、秩父市の『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』。遠く鳥取県境港市では『ゲゲゲの鬼太郎』などなど枚挙にいとまがないですね。

 

私はコミュニティの公共空間、なかでも祈りの空間を主たる研究対象の1つにしているので、「聖地」という言葉を含めてインターネット上の検索をかけるときがあるのですが、それこそ洪水のようにアニメや漫画の「聖地」に関する情報が検索上位に上がってくるときがあり、リサーチがややこしくなることがたびたび起きるようになりました。

 

昔は聖地巡礼といえば宗教上のそれを指しましたが、今はアニメや漫画の舞台となった地を訪れることにも使われていますね。ポップなコンテンツに対する「信仰」がアニメツーリズムの核心なのかもしれません。比喩としての「聖地」が本家本元の聖地を乗っ取ってしまった観がありますが、まちづくりという視点からみたとき、聖地観はアメリカの建築家・都市計画家のC.アレグザンダーによって大きく広げられます。彼は主著『パタン・ランゲージ』で聖地を「その地域と住民の源流(ルーツ)とを象徴するような特別な場所」というように定義し、「そこは過去から受けつがれた自然の美しい場所かもしれないし、歴史的ランドマークかもしれない。だが、それはどんな形にせよ本質的な場所である」旨を述べています。このように聖地を解釈したとき、聖地は必ずしも宗教上のそれでなくてもいいのかもしれないですね。たとえば、その地域がアニメや漫画の舞台となって内外の人に知れ渡り、その登場人物が訪れた場所、店、食べていた食べ物などがその地域と結びつけられた文脈で把握される地域資源になったとき、聖地が誕生するのかもしれません。

 

いま、東京未来大学のある堀切駅の隣の駅、鐘ヶ淵駅前にある平和会商店街ではこのアニメツーリズムを使って鐘ヶ淵を盛り上げようという気運が起きています。まちおこしのテーマとして候補に挙がっているのが、ちばあきおさんの描いた『キャプテン』という野球漫画です。

この野球漫画、主人公が魔球を投げるわけではありません。もちろんその父親が魔球のためにギプスを着用させたり、お姉ちゃんが障子の陰から涙を流していたりということもありません。舞台は墨谷二中という架空の中学校。名前から伺えるとおり墨田区内の中学校がモデルと言われています。

最初こそ谷口君という主人公が設定されていましたが、谷口君の卒業後は代々の新しいキャプテンにフォーカスを当てながらも、良好なチームワークをどうしたら維持できるか、試合に勝つという目的のために士気をどのように維持するか、それらのことをめぐる人間模様が描かれています。

アレ?これ、モチベーション行動科学部での学びの本質を突いていません?

 

ともあれ、鐘ヶ淵でのこのアニメツーリズムの仕掛けは「キャプテン・プロジェクト」と名づけられ、学生との協働が始まっています。2021年2月の定例会では学生が司会・進行を務めました。まちを動かす、その力になるという実感を得つつ、まちのモチベーションを上げるべく、大学での学びを実際の活動のなかで確かめているようです。

 

C.アレグザンダー/平田翰那訳『パタン・ランゲージ』鹿島出版会 1984

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森下 一成(MORISHITA Kazunari)

プロフィール

専門:公共空間論、まちづくり
略歴:早稲田大学大学院政治学研究科・理工学研究科修士課程修了後、琉球大学大学院理工学研究科修了(博士・工学)。学生にまちづくりを経験させてキャリア開発を促す指導に注力している。

 みなさんは、「バーチャル渋谷」をご存じでしょうか。これは、2020年5月にKDDI株式会社が旗振り役となり、渋谷区の公認を受けて、非営利団体や企業50社が参画して始まった、「渋谷5Gエンターテイメント」です。具体的には、デジタルを活用したVR(virtual reality)仮想街によって、「もうひとつの渋谷」をつくるというものです。バーチャル渋谷は、クリエーターやアーティストを支援し、渋谷区の掲げる「創造文化都市」の実現を目指しています。ここでは、ミラーワールドで新たなビジネスの展開を試みています。ミラーワールドとは、実体のある空間と仮想空間を融合して体験価値を提供する世界です。たとえば、バーチャルストアといわれる店舗では、デジタル空間でアバターというキャラクターに扮した販売員が、現実にある商品をリアルタイムで言語説明し、消費者は、その商品を実際に購入することができるというものです。これは、コロナ禍においても、人の移動を伴わずに消費活動が行える有効な商取引のひとつです。

 昨年8月に、このプロジェクトに参画している大日本印刷株式会社コンテンツコミュニケーション本部の方にお話を伺いました。面談は、ZOOMというオンライン・ツールです。

特に印象的だったのは、バーチャルストアはアバターの世界なので、障碍者やLGBT、年齢による偏見や制限がないということです。たとえば、定年後20年という高齢者や、強面の男性がアイドル姿、セクシーボイスで接客することも可能です。このアバターを介したコミュニケーションは、外見による偏見をなくし、これまで制限されてきた雇用の機会を広げることにも繋がります。また、現実の世界であれば苦情になるような強引なコミュニケーションでも、アイドル姿、セクシーボイスのアバターの販売であれば、苦情にならない効果もあるそうです。一方で、ここでは割愛しますが多くの課題もあります。しかし、このコロナ禍においても企業や行政は連携し合い、新たな市場を創造しようと懸命に取り組んでいます。バーチャル渋谷はプラットフォームです。今後どのような世界が構築できるのか、多様な参画者を募りながら、そして、消費者の反応をみながら変化適応していくことでしょう。 

 デジタル空間、5G 、オンライン・ツールの活用と情報技術は日進月歩です。わたしたち消費者は、これら外部環境の影響を受けながら購買意図や行動は変容します。しかし、どんなに情報化社会になろうとも、人間は本来アナログです。最新の情報技術を使うことが目的なのではなく、個人の課題や社会の課題を解決するためのひとつの手段が情報技術です。企業のみならず、わたしたち消費者においても、目的と手段が逆転しないよう意識しながら、より良い未来を創造していきたいものです。

 昨年に続き、社会における喫緊の課題は未だ解決していませんが、2021年、希望しかありません。

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三浦 卓己(MIURA Takumi)

プロフィール

専門:マーケティング、消費者行動

略歴:法政大学大学院経営学研究科経営学専攻マーケティングコース修了。国内外金融機関、地方創生を目的とする事業会社を経て教員に転身。東京未来大学非常勤講師を経て現職。


 毎年12月になると「新語・流行語大賞」や「今年の漢字」が発表されます。先日、今年の新語・流行語大賞は「3密」、今年の漢字は「密」と発表がありました。「やっぱり」と思った人も多かったのではないでしょうか。今年の漢字を発表した清水寺の森貫主は、「密には、親しむという意味が含まれています。物理的には離れたとしても、心はつながりを持っていきたい。」と話されています。

 かくありたいとは思うのですが、実際に誰かと話をしたり、卒業研究でゼミ生を指導したりするとき、気づくと結構近づいてしまっていて、距離を取り続けるのはなかなか難しいと感じることが多くあります。コロナ以前、1対1の場面で1m以上離れて会話することはほとんどなかったですし、相手に距離をとられてしまったら「嫌われているのかな」とも思ってしまいます。親しい間柄の人との会話ならなおさらです。他者との間にとる距離には、その人との間柄やそのときの状況に応じたふさわしい距離があって、それを暗黙裡に使い分けていたことが、コロナ禍での距離のとり方に難しさを生んでいるのだと思います。

 エドワード・ホールは、下の図のように、コミュニケーションをとる際にとられる距離を4つに分類しています。親密距離(0~45cm)は、親子や恋人などの非常に親しい間柄で生じるふれあいの距離です。個体距離(45~120cm)は、親しい間柄にある友人や知り合いなどと会話をするときにとられやすい距離です。社会距離(1.2~3.5m)は仕事などで商談をするような場面でとられやすい距離、公衆距離(3.5m以上)は講演会のような場面で演者と聴衆の間でとられやすい距離です。親密な関係であるほど、相手との間にとる距離が短くなっていることが分かると思います。

 このように、他者との間に生じる物理的・空間的距離は、その人との心理的な距離と密接な関係があります。親しい人とは個体距離以下でコミュニケーションをとるのがコロナ以前の常識(old normal)であったわけですから、1~2m距離をとってコミュニケーションをとるのは違和感があって、近い距離になってしまいやすいのでしょう。また、物理的な距離を大きくとると、心理的な距離も大きくなってしまい、人とのつながりが弱くなってしまうことも考えられます。物理的な密を避けつつ、心理的な密を維持することは簡単ではないようです。でも、不可能なことでもないように思います。対面でなくとも、ビデオ通話やSNSなど、他者とつながる手段はあります。今はこうしたツールも利用しつつ人とのつながりを紡いでいって、コロナ収束後に紡いだつながりの花を咲かせましょう。

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埴田 健司(HANITA Kenji)

プロフィール

専門:社会心理学

略歴:一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。追手門学院大学心理学部特任助教を経て現職。著書(共著)は『エピソードでわかる社会心理学』、『よくわかる心理学実験実習』他。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、人と直接会う機会がかなり減少しています。オンラインでの交流が進むようになり、顔を見て話す機会は増えていますが、直接会うことと比較すると、色々と違いがあります。一番の違いは、非言語コミュニケーションが少ないことではないでしょうか。オンラインでも相手の顔を見ることができるので、相槌や表情、ジェスチャーなどを見ることはできます。でも、全身を見ることができないので、限界はあります。非言語コミュニケーションには、服装、相手との距離、香り、場の雰囲気も大切な要素です。これらのことは、オンラインでは感じ取ることは難しいですね。また、会話の切れ目や間を取ることも難しいのではないでしょうか。

 とはいえ、SNSやメールでのやり取りよりは、オンラインで顔を見て話す方がいいと感じている人も多いと思います。Watzlawickは、One cannot not communicate. (人はコミュニケーションせずにはいられない)と言っています。人は、誰かとつながっていること、コミュニケーションすることが必要なんですね。そういう必要性から、オンラインでの交流も広まってきたのかもしれませんね。

 コロナ禍で私がもう一つ考えたことは、日本文化の無言の表現です。能では、ほんの少し顔を動かすことで、悲しみや喜びを表します。私は、表千家の教授でもあるのですが、茶道でも無言の挨拶がたくさんあります。客が次の客に対して、「お先にお茶をいただきます」との意味を込めてのお辞儀、亭主に対してのお礼のお辞儀などがあります。飛沫感染防止のため、挨拶の代わりに会釈をしてみようと思いました。でも、これが難しいのです。ついつい「こんにちは」といつもの習慣で、声が出てしまいます。また、マスクをしているので、目だけで表情を作ることが難しいことにも気が付きました。しかし、せっかくの機会と考え、美しい会釈ができるようになりたいと思い、挑戦しています。顔が見えないので、会釈の前に微笑んで視線を合わせ、心持ちゆっくりと会釈をするようにしています。皆さんもぜひ挑戦してみませんか。

 

参考文献 「はじめて学ぶ異文化コミュニケーション」石井敏 他 有斐閣選書

 

田中 真奈美(TANAKA Manami)

プロフィール

専門:国際多文化教育学
略歴:サンフランシスコ大学教育学部博士課程修了。教育学博士。サンフランシスコの保育所、小学校、高校、大学で教育経験を積む。研究領域は異文化適応の諸問題で、海外長期滞在者について研究している 。

 国際関係において領土をめぐる対立がありますが、昔の地図や書物に地名が掲載されて昔から知っていたことを理由に自国の領土であると主張することがあります。けれども、それを認めるのは、自分の歩いた通り沿いの空き地はすべて自分のものだ!という暴論を認めるのと同様、おかしい気がしますよね。

 国際法の「先占」という考え方は、ヴァッテルの定義(1758)によれば、「ある国家が居住者のいない無主の土地を発見した際に、その国家はその土地を合法的に占有することができる。そして、この点に関する国家の意思が十分明らかになった後は、いかなる国家もその土地を奪うことはできない。」となります。言い換えれば、ある領域に対して、どの国家も《義務》を果たす意思を示さず放置した場合、その地域は、国際法上、「無主地」とされ、その期間の領有権は認められないということになります。

 このような話になると、国際法上の「先占」が植民地化を正当化するために考え出されたものであったと批判し、それを政治的に利用して「先占」という考え方そのものを否定しようとする人もいます。けれども、植民地支配の正当性を否定するのは良いとしても、権利を主張するために必要な《義務》があるということの正当性まで否定することはできません。国際法上、領域に対する権利を主張するには、権利を主張するために必要な《義務》があるのです。

 新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、日本では三密の回避や、マスクの着用など、感染拡大の防止に向けた協力を求められていますが、残念ながら、電車内や人の多い場所でマスクもせずに大声で話し、飛沫とともにウイルスを飛ばしている心無い人が少なくないようです。マスクをする、しないは個人の自由と言いたいのかもしれませんが、危険なウイルスを拡散させ、他人の命を脅かしたり他人に経済的損失のリスクを与えたりしないよう注意する《義務》が無くなるわけではありません。国内法でも《権利》と表裏一体の《義務》があることをお忘れなく!

Vattel, Emer de, Le Droit des Gens, ou Principes de la Loi Naturelle (1758) [The Law of Nations or Principles of the Law of Nature (1760)], Liv. I, Chap. XVIII, §207


田澤 佳昭(TAZAWA Yoshiaki)

プロフィール

専門: 国際政治

略歴: 日本大学大学院博士後期課程政治学専攻満期退学。道都大学短期大学部専任講師・同経営学部専任講師・准教授を経て現在。南シナ海・東シナ海の沖合無人島嶼・海洋境界をめぐる国際問題を研究。

第108回「VRと立体音響」

2020年10月23日 投稿者:杉本 雅彦

 近年、「VR」に関する記事やニュースを目にする機会が増えています。VRとは「Virtual Reality」の略で、「人工現実感」や「仮想現実」と訳されていますが、VRの特徴は名前の通り、「目の前にある現実とは違う現実を体験できる」ことです。VRの具体的な例として、視覚情報による「立体眼鏡」が挙げられます。この立体眼鏡をかけると、今まで見ていた景色とはまったく異なる光景が目の前に広がります。

 一方、VRにおいて聴覚情報は視覚、触覚や嗅覚などと並んで重要な感覚モダリティです。聴覚に関するVR には、3次元音響または3Dオーディオとも呼ばれる立体音響が使用され、音の方向や距離感まで感じられるように再生する音響システムがあります。立体音響の例としては、VR空間にさまざまなオブジェクトが出現して、オブジェクトに触れたり、掴んだり、自由に動かすことができる「さわれる音」のイメージがあります。

 また、古くから立体音響を福祉に活用するものとして、視覚障がい者に仮名文字や簡単な図形を認知させるため聴覚の音像定位機能を利用した試みがあります。従来、文字や図形を音響刺激に変換する方法は種々考案されていますが、信州大学の伊東一典・米沢義道の研究では、両耳ヘッドホンを介して左右音像の位置と音の高低で認知させるものです。この方式は音像定位を応用し、聴覚空間に画像を表示するための点音像の合成要素とその定位精度について検討されています。聴覚空間を左右感(X成分)、上下感(Y成分)、遠近感(Z成分)の3感覚に分けて、それぞれの成分について感覚量と定位精度の関係を調べています。

 伊東らの研究では、聴覚に画像表示を行うために考えられる種々の表示面について、点および線などの表示を試みながら2次元的な認識特性の検討が行われた結果、9×9画素の表示面を左右感(X成分)および上下感(Y成分)で構成するのが好ましいことが示されています。なお、X成分の表示要素はレベル差および時間差の両者を適用できることが見出されています。さらに、この表示面を用いて、線分、図形、文字などの種々の画像の伝達特性が検討され、晴眼者および視覚障がい者についての諸実験から、画像の画素数が30個程度であれば約1秒で良好な画像表示が行われることを示されています。

  今後、このような音をインタフェースとした聴覚ディスプレイなどが開発されることに期待したいです。

 

杉本 雅彦(SUGIMOTO Masahiko)

プロフィール

専門: ヒューマンインタフェース

略歴: 信州大学大学院工学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(工学)。NICT委託研究/ 革新的な三次元映像による超臨場感コミュニケーション技術の研究開発に従事。

「マイナス5歳肌を目指そう!」「若見えファッション」・・・

 これらのキャッチフレーズに対して、とても魅力的だと感じる世代がある一方で、

「このメイクだと大人っぽくみえる!」「大人っぽいファッション」・・・

 こちらの方が気になる世代もあります。
 

 この「大人っぽく」から「若く」見られたいという転換点はいつなのでしょうか。このことを考える際、ヒントとなるのが、「主観年齢(主観的年齢)」です。実年齢を「暦年齢」というのに対して、自分が自覚している年齢を主観年齢といいます。佐藤ら(1997)が行った調査では、子どものころは、主観年齢の方が暦年齢よりも高く、一方で、30歳代では男性は2~4歳、40歳代では4~5歳、50・60歳代では6歳、70・80歳代では6~7歳ほど、暦年齢の方が主観年齢よりも高いこと、すなわち実際の年齢よりも「若い」と感じていることが示されています。さらに言えば、この「自己若年視」は、20代前半から始まるとされていますので、先に述べた転換点というのは、そのあたりだといえるでしょう。

 ところで、先述の佐藤ら(1997)では、主観年齢に自分を同一視することを「年齢アイデンティティ」としています。私たちは、この年齢アイデンティティにそってふるまっていますが、時に、年齢にふさわしくない行動をとってしまうと、ひんしゅくを買うことがあります。例えば、高齢者が年齢にそぐわない無理な行動をとると「年寄りの冷や水」といわれてしまうことがあります。この際の年齢は、暦年齢です。高齢者とは、一般的には(現時点では)65歳以上を指しますが、主観年齢で考えると、65歳の人はまだ自分を50代と考えている可能性があります。さらに言えば、70歳代半ばくらいになるまで、自分を高齢者とは思っていないことが示されています。これらのずれを認識していないと、時として高齢者を傷つけることになりかねませんし、高齢者を正しく理解できないと考えられます。また、一方で、20歳代の若い世代が自分はまだそれほど「大人」ではないと認識し、無責任な行動をとるようなことがあったらどうでしょうか。それは、他世代や社会においても有益であるとは言えません。

 現在のコロナ禍の状況では、どの世代も、それぞれ自覚を持った行動が求められています。私個人の意見としては、高齢者が、年齢アイデンティティにそって「若々しさ」を謳歌するのはとても素敵なことだと思いますが、この状況下では、暦年齢が示す部分(例えば、抵抗力の低下など)があることも認識し、上手に折り合いをつけることも大事なのではないかと思います。そして、若い世代は、「自分たちは大丈夫」ではなく、他の年代に対しての思いやりが求められるのではないでしょうか。それこそ、「大人」の思慮深さをもった対応が必要なのではないかと思います。自分を守ることが他の世代を守ることにつながるといった、世代を超えたつながりというのが、まさにいま求められているように思います。

 

引用文献 佐藤眞一・下仲順子・中里克治・河合千恵子 (1997). 年齢アイデンティティのコホート差,性差,およびその規定要因 : 生涯発達の視点から 発達心理学研究, 8 (2), 88-97.

 

島内 晶(SHIMANOUCHI Aki)

プロフィール

専門:生涯発達心理学

略歴:明治学院大学大学院心理学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所研究生、群馬医療福祉大学社会福祉学部准教授を経て、現職。

 新型コロナウイルス拡大の影響は我々日本人だけではなく、70億人とも言われる全人類に大きな影響を与えています。これをご覧になっているみなさんも少なからず影響を受けていると思います。ここ2~3年日本では「働き方改革」が叫ばれていますが、今までなかなか進みませんでしたが、この影響で一気に進む兆しが見られるようになりました。

 

 コロナの影響で、多くは業績が悪化していますが、あまり影響を受けていないか、むしろ、上向きなところもあります。近年の企業経営は、天災や紛争などの世界的な変化の中で、どのように適応していくかのリスク管理を考える必要があり、それができる組織とできない組織に分かれているようです。

 

 大手電機メーカーの富士通は新たな働き方として、リモートワークを活用することで、従業員が働く場所を、それぞれの業務目的に最も適した形で自由に選択できるようにする制度を打ち出しました。また、大手ソフトウエア開発会社のサイボウズの「がんばるな、ニッポン。」というCMをご存じでしょうか?「経営者の皆様へ。社員に通勤をがんばらせることは、本当に必要なのでしょうか?これからも、テレワークという選択肢を。」というメッセージが添えられています。また、ある大手ネット広告会社は採用面接を全てオンラインで行っています。この会社は以前より本社まで面接に来られない地方の就活生向けに行っていて、そのやり方を首都圏の学生にも応用したとのことで、運用に何の問題もなかったとのことです。

 

 これらのことはコロナが収まっても時代の流れとして少しずつ定着していくものと思われます。そんな時代の変化に付いて行けるかどうか、多くの企業が試されていると言えましょう。もちろん、小売りや消費者向けサービス業などのBtoC(Business to Consumer、一般消費者向けビジネス)業種では接客などテレワークが難しいところもありますが、企業によってはそれをオンライン化、自動化する努力が行われています。

 

 私のゼミの卒業生はネット広告、データ解析などのBtoB(Business to Business、企業向けビジネス)業種で働いている人が多いのですが、現在、リモートワーク勤務で、むしろ会社の業績は上向きのところが多いようです。中には自分で時間を管理でできるので、かえって生き生きと働いている卒業生もいます。どのような職業、企業に進むかは人それぞれですが、こんな視点から考えてみるのもいいかもしれません。

 

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篠崎 雅春(SHINOZAKI Masaharu)

プロフィール

専門:マーケティング
略歴:慶應義塾大学法学部、慶應義塾大学大学院経営管理研究科卒業。凸版印刷消費行動研究室、たくぎん総合研究所経営コンサルティング部、道都大学経営学部をへて、2012年より現職。

「ラブちゃん,音楽しているね」
これは,愛犬ラブが後足で耳をかいているところを見た,当時2歳の娘の一言です。
耳をかく足のトントンという音,その動きがリズミカルに思えたのでしょう。娘の一言で,犬が楽士に,その場がおとぎ話のような優しい世界に見えました。

 

「ママ~,え~っとね,あのね~,あの~,あいしてる」
こちらは,スーパーで子ども乗せ可能な買い物カートに座り,私の買い物に付き合っていた,当時3歳の息子のセリフ。そのときの私は,身体は息子と向かい合っているものの,目と心は品定めに大忙し。そんな私を振り向かせる息子渾身の一言です。
驚いて見ると,言った本人もびっくりして,同時にすっきりした顔。「そうだ,ぼく,そう言いたかったんだよ」

 

「言葉」とは不思議なものですね。
私たちは自分の外にある世界を見聞きしています。世界は物理的刺激としては誰にとっても共通に受け取られるものですが,それをどう捉えるかという枠組みは一人ひとり違います。世界を捉える枠組みに影響する一つが「言葉」です。
言葉とものの捉え方の関係については,古くは言語学者のウォーフが「言葉が私たちのものの見方を決定している」と主張しました。「英語では『snow』の1語で表される雪を,エスキモーはその状態によって区別して呼ぶ」といった例をあげて,言語によって世界を表現する方法が違うことを示したのです。
実際には,私たちのものの見方が全て言葉によって決定されるわけではありません。物理的な特徴の認識もものの見方には関わってきます。たとえば,パプアニューギニアのダニ語には色の名前が2種類しかないそうですが,ダニ語しか話せない人はさまざまな色の区別ができないかというと,そのようなことはありません。物理的な特徴を受け取る共通の認識の仕方はあります。
しかし,世界の物理的な特徴を共通に認識した上で,より詳細に捉えていく方法,たとえば受け取った世界にどのような意味をつけるのかといったことには言葉の影響がみられます。世界のありようを理解するために,言葉は大切なツールと言えます。

 

自分の外の世界だけでなく,自分の中の混とんとした感情や,ぼんやりとして形がとらえられない感覚に形を与えるのも「言葉」です。先にあげた息子のエピソードでは,息子は私に特に用があったわけではありませんが,自分の方を向いてほしかったのでしょう。その気持ちをうまく表現しようとして出てきたのが「ママ,あいしてる」という言葉であり,その言葉を発した時の息子の驚いたような顔,同時に,「あ~,そういうことなんだよな」という腑に落ちたという顔,また,「してやったり」という顔は今も忘れられません。

 

この春以降,新型コロナウィルス感染対策として,LINE,メールや電話など,主に言葉を介したやり取りが多くなっています。また,一人でいる時間が増えたことで,自分の気持ちを言葉にする機会が減っている人も多くなっているでしょう。自分の見聞きしている世界を,自分の中の気持ちをどのような言葉で伝えるか,ぜひ考えてみてください。優しい言葉で優しい世界が広がっていくとしたら,とても素敵なことだと思います。

 

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小林 寛子(KOBAYASHI Hiroko)

プロフィール
専門:教育心理学
略歴:東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学後、日本学術振興会特別研究員PDを経て現職。博士(教育学)。学習上の不適応の問題に、個別指導や授業改善を通して取り組んでいる。

 東京未来大学の位置する足立区には、多方面でオリジナルな歴史をもっています。
 そのなかのひとつに「タコの山のすべり台」があります。
 タコの山のすべり台とは、ご存知のように地域の公園に設置された大きめの遊具であり、その形状から多くの子どもたちから人気を得ており、全国的に広まっているすべり台のことです。子どもの心と体を駆使した遊びを支援する有力な遊具として、今となっては不動の地位を築いているといわれています。そして、足立区関係者によれば、全国でこの遊具が昭和40年頃初めて設置されたのが足立区内の公園だとされているのです。
 さて、公園などのこうした遊具は、政令では「遊戯施設」とよばれており、その設置や管理に関して厳格なルールが定められています。例えば、国土交通省の指針ではその設置場所について、公園内のみならずその周囲の環境(交通、付近の障害物、日照状況など)を含めた安全性への配慮が定められており、遊具自体にも遊びのなかで身体の一部が挟み込まれない、衣服がひっかからないなど細かい事故対策が求められています。メンテナンスを含めて、幾重もの管理基準と大きな公的予算を得てあのタコさんは公園内に君臨しているのです。
 ある日、子どもたちが帰宅して静まった区内公園のタコさんに私も近づいてすべり台部分に足をのせると、急角度のせいか途端に滑り、体と顎を台に打ちつけてしまいました。切れた顎は縫合し、肋骨を骨折しておりました。その2週間後にですが、何かをあきらめきれない私は、今度は自ら台を滑ったところ、感覚想定外の急角度にひるんで手をついたため、指が巻き込まれて突き指骨折していまいました。子どもにとって遊びのモチベーションを飛躍させるタコさんは、私にとっては残念ながら妖怪のオクトパスに変貌していたのです。
 考えてみれば、遊戯施設は「児童」を前提とした諸規則で安全管理がなされており、そこに成人は対象とされていません。昨今、私たちは新型コロナによる影響で新しいルールによる学校生活や授業参加を余儀なくされています。是非、それらのルールの全体的な目的や方針をよく理解した上で、失敗のないようにお過ごしください。
 

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金塚 基(KANATSUKA Motoi)
プロフィール
専門:教育学・生涯教育
略歴:早稲田大学教育学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(教育学)。帝京大学福祉・保育専門学校専任講師などを経て、東京未来大学モチベーション行動科学部講師~現在に至る。