国際関係において領土をめぐる対立がありますが、昔の地図や書物に地名が掲載されて昔から知っていたことを理由に自国の領土であると主張することがあります。けれども、それを認めるのは、自分の歩いた通り沿いの空き地はすべて自分のものだ!という暴論を認めるのと同様、おかしい気がしますよね。

 国際法の「先占」という考え方は、ヴァッテルの定義(1758)によれば、「ある国家が居住者のいない無主の土地を発見した際に、その国家はその土地を合法的に占有することができる。そして、この点に関する国家の意思が十分明らかになった後は、いかなる国家もその土地を奪うことはできない。」となります。言い換えれば、ある領域に対して、どの国家も《義務》を果たす意思を示さず放置した場合、その地域は、国際法上、「無主地」とされ、その期間の領有権は認められないということになります。

 このような話になると、国際法上の「先占」が植民地化を正当化するために考え出されたものであったと批判し、それを政治的に利用して「先占」という考え方そのものを否定しようとする人もいます。けれども、植民地支配の正当性を否定するのは良いとしても、権利を主張するために必要な《義務》があるということの正当性まで否定することはできません。国際法上、領域に対する権利を主張するには、権利を主張するために必要な《義務》があるのです。

 新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、日本では三密の回避や、マスクの着用など、感染拡大の防止に向けた協力を求められていますが、残念ながら、電車内や人の多い場所でマスクもせずに大声で話し、飛沫とともにウイルスを飛ばしている心無い人が少なくないようです。マスクをする、しないは個人の自由と言いたいのかもしれませんが、危険なウイルスを拡散させ、他人の命を脅かしたり他人に経済的損失のリスクを与えたりしないよう注意する《義務》が無くなるわけではありません。国内法でも《権利》と表裏一体の《義務》があることをお忘れなく!

Vattel, Emer de, Le Droit des Gens, ou Principes de la Loi Naturelle (1758) [The Law of Nations or Principles of the Law of Nature (1760)], Liv. I, Chap. XVIII, §207


田澤 佳昭(TAZAWA Yoshiaki)

プロフィール

専門: 国際政治

略歴: 日本大学大学院博士後期課程政治学専攻満期退学。道都大学短期大学部専任講師・同経営学部専任講師・准教授を経て現在。南シナ海・東シナ海の沖合無人島嶼・海洋境界をめぐる国際問題を研究。

第108回「VRと立体音響」

2020年10月23日 投稿者:杉本 雅彦

 近年、「VR」に関する記事やニュースを目にする機会が増えています。VRとは「Virtual Reality」の略で、「人工現実感」や「仮想現実」と訳されていますが、VRの特徴は名前の通り、「目の前にある現実とは違う現実を体験できる」ことです。VRの具体的な例として、視覚情報による「立体眼鏡」が挙げられます。この立体眼鏡をかけると、今まで見ていた景色とはまったく異なる光景が目の前に広がります。

 一方、VRにおいて聴覚情報は視覚、触覚や嗅覚などと並んで重要な感覚モダリティです。聴覚に関するVR には、3次元音響または3Dオーディオとも呼ばれる立体音響が使用され、音の方向や距離感まで感じられるように再生する音響システムがあります。立体音響の例としては、VR空間にさまざまなオブジェクトが出現して、オブジェクトに触れたり、掴んだり、自由に動かすことができる「さわれる音」のイメージがあります。

 また、古くから立体音響を福祉に活用するものとして、視覚障がい者に仮名文字や簡単な図形を認知させるため聴覚の音像定位機能を利用した試みがあります。従来、文字や図形を音響刺激に変換する方法は種々考案されていますが、信州大学の伊東一典・米沢義道の研究では、両耳ヘッドホンを介して左右音像の位置と音の高低で認知させるものです。この方式は音像定位を応用し、聴覚空間に画像を表示するための点音像の合成要素とその定位精度について検討されています。聴覚空間を左右感(X成分)、上下感(Y成分)、遠近感(Z成分)の3感覚に分けて、それぞれの成分について感覚量と定位精度の関係を調べています。

 伊東らの研究では、聴覚に画像表示を行うために考えられる種々の表示面について、点および線などの表示を試みながら2次元的な認識特性の検討が行われた結果、9×9画素の表示面を左右感(X成分)および上下感(Y成分)で構成するのが好ましいことが示されています。なお、X成分の表示要素はレベル差および時間差の両者を適用できることが見出されています。さらに、この表示面を用いて、線分、図形、文字などの種々の画像の伝達特性が検討され、晴眼者および視覚障がい者についての諸実験から、画像の画素数が30個程度であれば約1秒で良好な画像表示が行われることを示されています。

  今後、このような音をインタフェースとした聴覚ディスプレイなどが開発されることに期待したいです。

 

杉本 雅彦(SUGIMOTO Masahiko)

プロフィール

専門: ヒューマンインタフェース

略歴: 信州大学大学院工学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(工学)。NICT委託研究/ 革新的な三次元映像による超臨場感コミュニケーション技術の研究開発に従事。

「マイナス5歳肌を目指そう!」「若見えファッション」・・・

 これらのキャッチフレーズに対して、とても魅力的だと感じる世代がある一方で、

「このメイクだと大人っぽくみえる!」「大人っぽいファッション」・・・

 こちらの方が気になる世代もあります。
 

 この「大人っぽく」から「若く」見られたいという転換点はいつなのでしょうか。このことを考える際、ヒントとなるのが、「主観年齢(主観的年齢)」です。実年齢を「暦年齢」というのに対して、自分が自覚している年齢を主観年齢といいます。佐藤ら(1997)が行った調査では、子どものころは、主観年齢の方が暦年齢よりも高く、一方で、30歳代では男性は2~4歳、40歳代では4~5歳、50・60歳代では6歳、70・80歳代では6~7歳ほど、暦年齢の方が主観年齢よりも高いこと、すなわち実際の年齢よりも「若い」と感じていることが示されています。さらに言えば、この「自己若年視」は、20代前半から始まるとされていますので、先に述べた転換点というのは、そのあたりだといえるでしょう。

 ところで、先述の佐藤ら(1997)では、主観年齢に自分を同一視することを「年齢アイデンティティ」としています。私たちは、この年齢アイデンティティにそってふるまっていますが、時に、年齢にふさわしくない行動をとってしまうと、ひんしゅくを買うことがあります。例えば、高齢者が年齢にそぐわない無理な行動をとると「年寄りの冷や水」といわれてしまうことがあります。この際の年齢は、暦年齢です。高齢者とは、一般的には(現時点では)65歳以上を指しますが、主観年齢で考えると、65歳の人はまだ自分を50代と考えている可能性があります。さらに言えば、70歳代半ばくらいになるまで、自分を高齢者とは思っていないことが示されています。これらのずれを認識していないと、時として高齢者を傷つけることになりかねませんし、高齢者を正しく理解できないと考えられます。また、一方で、20歳代の若い世代が自分はまだそれほど「大人」ではないと認識し、無責任な行動をとるようなことがあったらどうでしょうか。それは、他世代や社会においても有益であるとは言えません。

 現在のコロナ禍の状況では、どの世代も、それぞれ自覚を持った行動が求められています。私個人の意見としては、高齢者が、年齢アイデンティティにそって「若々しさ」を謳歌するのはとても素敵なことだと思いますが、この状況下では、暦年齢が示す部分(例えば、抵抗力の低下など)があることも認識し、上手に折り合いをつけることも大事なのではないかと思います。そして、若い世代は、「自分たちは大丈夫」ではなく、他の年代に対しての思いやりが求められるのではないでしょうか。それこそ、「大人」の思慮深さをもった対応が必要なのではないかと思います。自分を守ることが他の世代を守ることにつながるといった、世代を超えたつながりというのが、まさにいま求められているように思います。

 

引用文献 佐藤眞一・下仲順子・中里克治・河合千恵子 (1997). 年齢アイデンティティのコホート差,性差,およびその規定要因 : 生涯発達の視点から 発達心理学研究, 8 (2), 88-97.

 

島内 晶(SHIMANOUCHI Aki)

プロフィール

専門:生涯発達心理学

略歴:明治学院大学大学院心理学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所研究生、群馬医療福祉大学社会福祉学部准教授を経て、現職。

 新型コロナウイルス拡大の影響は我々日本人だけではなく、70億人とも言われる全人類に大きな影響を与えています。これをご覧になっているみなさんも少なからず影響を受けていると思います。ここ2~3年日本では「働き方改革」が叫ばれていますが、今までなかなか進みませんでしたが、この影響で一気に進む兆しが見られるようになりました。

 

 コロナの影響で、多くは業績が悪化していますが、あまり影響を受けていないか、むしろ、上向きなところもあります。近年の企業経営は、天災や紛争などの世界的な変化の中で、どのように適応していくかのリスク管理を考える必要があり、それができる組織とできない組織に分かれているようです。

 

 大手電機メーカーの富士通は新たな働き方として、リモートワークを活用することで、従業員が働く場所を、それぞれの業務目的に最も適した形で自由に選択できるようにする制度を打ち出しました。また、大手ソフトウエア開発会社のサイボウズの「がんばるな、ニッポン。」というCMをご存じでしょうか?「経営者の皆様へ。社員に通勤をがんばらせることは、本当に必要なのでしょうか?これからも、テレワークという選択肢を。」というメッセージが添えられています。また、ある大手ネット広告会社は採用面接を全てオンラインで行っています。この会社は以前より本社まで面接に来られない地方の就活生向けに行っていて、そのやり方を首都圏の学生にも応用したとのことで、運用に何の問題もなかったとのことです。

 

 これらのことはコロナが収まっても時代の流れとして少しずつ定着していくものと思われます。そんな時代の変化に付いて行けるかどうか、多くの企業が試されていると言えましょう。もちろん、小売りや消費者向けサービス業などのBtoC(Business to Consumer、一般消費者向けビジネス)業種では接客などテレワークが難しいところもありますが、企業によってはそれをオンライン化、自動化する努力が行われています。

 

 私のゼミの卒業生はネット広告、データ解析などのBtoB(Business to Business、企業向けビジネス)業種で働いている人が多いのですが、現在、リモートワーク勤務で、むしろ会社の業績は上向きのところが多いようです。中には自分で時間を管理でできるので、かえって生き生きと働いている卒業生もいます。どのような職業、企業に進むかは人それぞれですが、こんな視点から考えてみるのもいいかもしれません。

 

shinozaki_masaharu
篠崎 雅春(SHINOZAKI Masaharu)

プロフィール

専門:マーケティング
略歴:慶應義塾大学法学部、慶應義塾大学大学院経営管理研究科卒業。凸版印刷消費行動研究室、たくぎん総合研究所経営コンサルティング部、道都大学経営学部をへて、2012年より現職。

「ラブちゃん,音楽しているね」
これは,愛犬ラブが後足で耳をかいているところを見た,当時2歳の娘の一言です。
耳をかく足のトントンという音,その動きがリズミカルに思えたのでしょう。娘の一言で,犬が楽士に,その場がおとぎ話のような優しい世界に見えました。

 

「ママ~,え~っとね,あのね~,あの~,あいしてる」
こちらは,スーパーで子ども乗せ可能な買い物カートに座り,私の買い物に付き合っていた,当時3歳の息子のセリフ。そのときの私は,身体は息子と向かい合っているものの,目と心は品定めに大忙し。そんな私を振り向かせる息子渾身の一言です。
驚いて見ると,言った本人もびっくりして,同時にすっきりした顔。「そうだ,ぼく,そう言いたかったんだよ」

 

「言葉」とは不思議なものですね。
私たちは自分の外にある世界を見聞きしています。世界は物理的刺激としては誰にとっても共通に受け取られるものですが,それをどう捉えるかという枠組みは一人ひとり違います。世界を捉える枠組みに影響する一つが「言葉」です。
言葉とものの捉え方の関係については,古くは言語学者のウォーフが「言葉が私たちのものの見方を決定している」と主張しました。「英語では『snow』の1語で表される雪を,エスキモーはその状態によって区別して呼ぶ」といった例をあげて,言語によって世界を表現する方法が違うことを示したのです。
実際には,私たちのものの見方が全て言葉によって決定されるわけではありません。物理的な特徴の認識もものの見方には関わってきます。たとえば,パプアニューギニアのダニ語には色の名前が2種類しかないそうですが,ダニ語しか話せない人はさまざまな色の区別ができないかというと,そのようなことはありません。物理的な特徴を受け取る共通の認識の仕方はあります。
しかし,世界の物理的な特徴を共通に認識した上で,より詳細に捉えていく方法,たとえば受け取った世界にどのような意味をつけるのかといったことには言葉の影響がみられます。世界のありようを理解するために,言葉は大切なツールと言えます。

 

自分の外の世界だけでなく,自分の中の混とんとした感情や,ぼんやりとして形がとらえられない感覚に形を与えるのも「言葉」です。先にあげた息子のエピソードでは,息子は私に特に用があったわけではありませんが,自分の方を向いてほしかったのでしょう。その気持ちをうまく表現しようとして出てきたのが「ママ,あいしてる」という言葉であり,その言葉を発した時の息子の驚いたような顔,同時に,「あ~,そういうことなんだよな」という腑に落ちたという顔,また,「してやったり」という顔は今も忘れられません。

 

この春以降,新型コロナウィルス感染対策として,LINE,メールや電話など,主に言葉を介したやり取りが多くなっています。また,一人でいる時間が増えたことで,自分の気持ちを言葉にする機会が減っている人も多くなっているでしょう。自分の見聞きしている世界を,自分の中の気持ちをどのような言葉で伝えるか,ぜひ考えてみてください。優しい言葉で優しい世界が広がっていくとしたら,とても素敵なことだと思います。

 

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小林 寛子(KOBAYASHI Hiroko)

プロフィール
専門:教育心理学
略歴:東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学後、日本学術振興会特別研究員PDを経て現職。博士(教育学)。学習上の不適応の問題に、個別指導や授業改善を通して取り組んでいる。

 東京未来大学の位置する足立区には、多方面でオリジナルな歴史をもっています。
 そのなかのひとつに「タコの山のすべり台」があります。
 タコの山のすべり台とは、ご存知のように地域の公園に設置された大きめの遊具であり、その形状から多くの子どもたちから人気を得ており、全国的に広まっているすべり台のことです。子どもの心と体を駆使した遊びを支援する有力な遊具として、今となっては不動の地位を築いているといわれています。そして、足立区関係者によれば、全国でこの遊具が昭和40年頃初めて設置されたのが足立区内の公園だとされているのです。
 さて、公園などのこうした遊具は、政令では「遊戯施設」とよばれており、その設置や管理に関して厳格なルールが定められています。例えば、国土交通省の指針ではその設置場所について、公園内のみならずその周囲の環境(交通、付近の障害物、日照状況など)を含めた安全性への配慮が定められており、遊具自体にも遊びのなかで身体の一部が挟み込まれない、衣服がひっかからないなど細かい事故対策が求められています。メンテナンスを含めて、幾重もの管理基準と大きな公的予算を得てあのタコさんは公園内に君臨しているのです。
 ある日、子どもたちが帰宅して静まった区内公園のタコさんに私も近づいてすべり台部分に足をのせると、急角度のせいか途端に滑り、体と顎を台に打ちつけてしまいました。切れた顎は縫合し、肋骨を骨折しておりました。その2週間後にですが、何かをあきらめきれない私は、今度は自ら台を滑ったところ、感覚想定外の急角度にひるんで手をついたため、指が巻き込まれて突き指骨折していまいました。子どもにとって遊びのモチベーションを飛躍させるタコさんは、私にとっては残念ながら妖怪のオクトパスに変貌していたのです。
 考えてみれば、遊戯施設は「児童」を前提とした諸規則で安全管理がなされており、そこに成人は対象とされていません。昨今、私たちは新型コロナによる影響で新しいルールによる学校生活や授業参加を余儀なくされています。是非、それらのルールの全体的な目的や方針をよく理解した上で、失敗のないようにお過ごしください。
 

kanatsuka_motoi
金塚 基(KANATSUKA Motoi)
プロフィール
専門:教育学・生涯教育
略歴:早稲田大学教育学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(教育学)。帝京大学福祉・保育専門学校専任講師などを経て、東京未来大学モチベーション行動科学部講師~現在に至る。

 武漢を皮切りに猛威を振るった新型コロナウイルスは瞬く間に世界中に広がり、人々の日常生活をわずか数か月間で一変させてしまいました。されど、私たちが当たり前だと思っていたどの日常よりも、今回のパンデミックが深刻な影響を与えているのは経済活動ではないでしょうか。感染拡大の阻止が第一であることは言うまでもないですが、世界中で数多くの経営者が休業や廃業に追い込まれ、世界恐慌への危機感を高めています。2020年の1~3月の世界の経済成長率は前年同期比の-6.8%を記録し、リーマンショックをも上回る経済的打撃が世界各国を襲っていることも事実です。新聞各紙の見出しには「コロナ・ショック」の文字が躍り、世界経済を牽引してきた先進国も経済新興国も、突然舞い降りたブラックスワン(黒い鳥:事前に予測できない極端な出来事の例え)にたじろぐばかりです。
 そして、この未曽有の事態の出口を探る最中で、多くの関心を集めているのが「コロナ・ショック後の世界」です。1990年代から世界はグローバル化という名のもとに国境を越えた市場において、経営資源の往来を推進してきました。今日に至るまで、アジア経済危機、同時多発テロ、リーマンショックなどとブラックスワンは幾度となく舞い降りてきましたが、その都度世界市場は何とか乗り切り、市場主義経済というスキームを維持しつつグローバル化を進めてきました。しかし、今度のブラックスワンはかつてない強敵な上に私たちの想像をはるかに超えた破壊力をもってやって来たため、出口の後の世界が見えなくなってしまっている状況にあります。
 出口後の世界が見えない大きな要因は、国際情勢の不安材料にあると考えます。リーマンショック後は、まだ経済新興国に消費余力があり、特に当時中国が行った景気刺激策の4兆元対策が世界市場の下支えとなりましたが、今はその後遺症で地方政府や国有企業の債務が急増し、不動産バブルの崩壊による景気低迷に悩んでいます。一方で、米経済もリーマンショック後は回復への期待がある程度みられましたが、今やウイルス対策が手一杯で、2020年4月の失業率は戦後最悪の14.7%となり、立て直す原動力が見当たらない状況です。更に懸念をされているのが国際社会におけるリーダーの不在です。リーマンショック後は、米国がリーダーシップを大きく発揮しましたが、トランプ政権に移行してからは、内向きで自国主義に転じたことが国際情勢の不安定さを増長させています。
 しかし、どの国もこの逆境から得た教訓が多かれ少なかれあるはずです。見方を変えれば、これまで利己主義的な利益の追求に終始してきた市場経済の在り方を反省する機会を得たとも考えられます。岐路に立たされている今だからこそ、グローバル化の功罪を振り返り、もう一度世界と手を携えることの重要性を再確認するべきではないでしょうか。
 

kaku_iyo
郭 潔蓉(KAKU Iyo)
プロフィール
専門:東・東南アジア地域の政治経済、国際経営環境分析
略歴:ボストン大学大学院国際関係学専攻修士課程、筑波大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。代表著書に『グローバル教育の現在』他。

 桜の季節となり、日の光が心地よい時期となりましたが、生憎と昨今は連日コロナ関連の暗い話題が続いております。そんな折ですので、当コラムでもコロナ関連の話題を――具体的には、進化心理学の視点からコロナ流行と見知らぬ他者への排斥行動について――書こうとも思いましたが、楽しくなさそうな話題になりそうなので、やめました。
 という分けで、「フォント」のお話です。コラムネタを探していたら、一部ネット上で「高輪ゲートウェイ駅」(2020年3月14日暫定開業)の看板のフォントが話題になっていましたので、コロナはやめてフォントです。
 さて、話題になっていた高輪ゲートウェイ駅のフォントですが、多くの駅看板に使用されるゴシック体ではなく、明朝体が採用されています。一般的にゴシック体は留めや払いといった装飾が省略されており、線も太く、画一であるため、遠くからでも何が書かれているか見えやすい書体です(書かれている内容の見やすさを視認性と言いますが、ゴシック体は得てして視認性が高い書体と言えます)。
 一方、明朝体は留めや払いがあり、線も細いため、遠くからだと見えにくい書体です(ただし、長文の場合、ゴシック体より読みやすいといった長所があります。なお、文字の読みやすさを可読性と言います)。そのため、高輪ゲートウェイ駅の看板を見た一部の人たちから、駅看板では見慣れない明朝体に対し、違和感を覚えるとともに、視認性の低さから分かりにくいといった声が挙がったようです。
 普段、目にする標識や看板も、人の目にどのように映るかということを考えて作られています。ただ、見やすさや読みやすさに限らず、フォントは重厚さや可愛らしさといった伝えたい印象の演出にも一役買っています。色や形に比べ、注目されることは少ないですが、普段目にする雑誌や広告のフォントに注目するのも面白いかも知れません。
 

iwasaki_satoshi
岩﨑 智史 (IWASAKI Satoshi)
プロフィール
専門:認知心理学
略歴:立正大学大学院心理学研究科博士後期課程修了。東京未来大学 こども心理学部助手、同助教を経て現在、東京未来大学モチベーション行動科学部講師。

 実は、私、大学生の頃、かなりモテたんです!
「磯ちゃん、〇〇の授業のノート貸してくれない?」
・・・正しくは、私ではなく、「私のノート」がモテました。
 
私が学生の頃は、授業の教材といえば、テキストと、
図表だけがペタペタと切り貼りされた配布資料と、自筆のノートが全て。
自由すぎる先生の板書と口述を
上手にまとめたノートを持つことが単位修得の絶対条件でした。
仲の良い友人とは互いにノートを見せ合い、不足した情報を補ったものでした。
 
さて、貸してと言われて貸したものの、
試験直前まで戻ってこなかったり、又貸しされたりすることも多々ありました。
大学のコピー機の列に並ぶと、前に並ぶ面識のない学生が手に持っているのが、
自分のノートのコピーだったことに驚愕したこともありました。
自分が貸した相手に裏切られたような腹立たしさと悲しさと、
一方で、自分のノートが価値のあるものだと、
さらには私自身が価値あるものだと認められたような(社会的承認といいます)な嬉しさも感じ、
複雑な心境だったことを覚えています。
 
しかし、私も、貸してほしいと言われる頻度が増えると快くはありません。
一瞬、貸すのを渋るそぶりを見せると、
「今度、学食をおごるよ」という一言がついてきたり、
お菓子が手渡されたりして、相手も借りる技術を磨いてきていたように思います。
 
こんなふうに、交渉の場面で相手が引き受けてくれるかどうかを悩んでいるときに、
お菓子や学食などの特典をつけて、相手の気持ちを後押しする方法を、
社会心理学ではザッツ・ノット・オール・テクニック(特典付加要請法)といいます。
“That’s not all”とは、「これだけじゃないのよ」という意味で、
聞き手に次に続く内容への期待を持たせる言葉です。
直球でお願いをするよりも、引き受けてくれる確率が高くなるといわれます。
よく、通信販売などで、
「今ならこのノートパソコンにプリンターもつけます」としている方法ですね。
 
どんな方法だと要請や交渉がうまく展開するのかといったことは、
私が専門とする社会心理学では、
説得的コミュニケーション要請承諾法といわれる領域で検討されています。
 
ノートは、眠気と戦いながら(?)授業を聞き、
シャープペンシルの芯を減らしてノートに書きとめ、
授業外で調べた情報を加えてまとめあげたものであり、
その人にとって、いわば「授業の事典」といえます。
 
事典を編集する作業を通して、頭の中の事典にも情報が追加されていきます。
ノートを借りることはできても、頭の中の事典は借りることはできません。
作り上げられた頭の中の事典は、試験以外の機会にも使うことができます。
借りた人にお礼をするならば、学食やお菓子でもいいでしょうが、
プラスの情報をつけて事典に1ページ追加してお返ししてはどうでしょうか。
 
近年はプレゼンテーションソフトの呈示画面を配布資料としたり、
デジタルデータで資料を提供するなど、ノートの取り方も変わってきています。
最近は、授業のスライドをスマートフォンのカメラで撮影する学生もいたりします(許可なく写真を撮るのは控えていただきたいですが…)。
こういったデジタルデータも、頭の事典にしっかりと加え、
「カラー百科」を編集することをぜひ目指してほしいと思っています。
 

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磯 友輝子(Yukiko Iso)

プロフィール
専門:対人社会心理学

略歴:日本大学国際関係学部、名古屋大学文学部卒業。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得退学。同大学院助手、本学こども心理学部講師、准教授を経て現職。

 広告はそれを見て買いに来ることの効果よりも、購入時点でその広告を想起して購入することの効果に注目すべきと前回のブログで紹介しました。そして40商品の調査事例の内、「想起されやすかった広告」があり、また、「広告想起率を高めた売場の工夫」の示唆を得ることが出来ました。
 
 まず、想起されやすかった広告には、大きく2つの特徴がありました。一つめは、想像に難くないかもしれません。人気のある俳優・女優、タレントが登場する広告はそうした人物が登場しない広告に比較し、明らかに想起率に差がありました。同じ人物がいくつもの広告に登場するのも納得しますね。
 
 さて、もう一つの要素は何でしょうか?想起率の高かった広告を順番に並べて、その広告に映し出されている商品パッケージの露出時間(秒)を測定したところ、面白いことに気が付きました。想起率が高い広告ほどパッケージの露出時間が長かったのです。売場で購入者が目にするのは、商品パッケージですから、広告でそのパッケージが記憶として残っていれば、現物を見ることで記憶を再生しやすいのは当然といえるでしょう。皆さん、最近のTV広告を思い出してください。必ずパッケージが露出されていますよね。既に調査から得られた示唆がビジネスの場で実践されているのです。
 
 他方、広告想起率を高めた売場の工夫についてですが、この調査は売場を操作して新製品の販促効果を検証することを目的の一つとして設計していました。結論から言えば、商品を大量に陳列する、並べる商品(フェイス)数を増やす、見やすい場所に陳列する等の露出を高める工夫は想起率向上に寄与しました。また、ある調味料では、広告に登場したタレントの顔写真とそのキャッチフレーズを記載したPOP(売場に張り付けるポスター)を付けた場合に、付けない時の8倍もの広告想起率となりました。広告と連動した売場の仕掛の重要性が再認されました。
 
 ところで、皆さん、サービスは形がありませんが、広告想起率を高めるためにどのような工夫が考えられるでしょうか?皆さんならいくつもアイデアが浮かぶはずですよね?
 

watanabe_takayuki
渡邊 隆之(Takayuki Watanabe)

プロフィール

専門:マーケティング、消費者行動
略歴:早稲田大学大学院商学研究科博士前期課程修了。(株)イトーヨーカ堂を経て、学習院大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。(財)流通経済研究所理事、創価大学・沖縄大学教授を経て現職。