第95回 ディアスポラ

投稿者:田中 真奈美

 在米22年を経て、日本に帰国し12年が経ちました。自分の中に日本とアメリカがあることを素直に受け入れられるようになってきましたが、いまだに時々悩むことがあります。
そんな時に、3月21日に引退を表明したイチロー選手の記者会見を見ました。その最後の言葉が印象的でした。
 「アメリカに来て、メジャーリーグに来て……外国人になったこと。アメリカでは僕は外国人ですから。このことは……外国人になったことで、人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。この体験というのは、本を読んだり、情報を取ることはできたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので。孤独を感じて苦しんだことは多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと、今は思います。だから、辛いこと、しんどいことから逃げたいと思うのは当然のことなんですけど、でもエネルギーのある元気なときにそれに立ち向かっていく、そのことはすごく人として重要なことなのではないかなと感じています。」
 経験は視野を広げるために、とても大切です。経験しないとわからないこともたくさんあります。イチロー選手は、「体験しないと自分の中からは生まれない」という表現で、孤独と戦ったことを前向きにとらえていると感じました。
 私もアメリカに渡り、外国人となり、イチロー選手と同じようなことを経験しました。言葉がうまく通じない最初の頃は、英語ができないので、馬鹿にされているのではと思ってしまったり、上手くコミュニケーションが取れないことで落ち込んだりしました。友人も少なく、孤独を感じ、落ち込むこともよくありました。
 そして、22年後に日本に帰国し、また自分の居場所がないように感じることがたくさんありました。例えば、私が当たり前と思う発言や行動が、日本人には外国人のように思われ、表面的には受け入れられているようですが、本当はそうではなく、自分が浮いてしまっているのではないかと悩むことがありました。私が友人と思っていても、相手はそう思っていないのではと悩むこともありました。
 イチロー選手のスピーチを聞いて、私の専門の異文化コミュニケーションでよく使われる「ディアスポラ」という言葉を思い出しました。ディアスポラとは、国を追われた亡国の民ユダヤ人を指す言葉ですが、トランスナショナルな相互依存関係が国民国家を超えている様々な共同体を表す概念として使われ、「ハイブリッド」な多元的アイデンティティ、つまり、母国文化とも居住地文化とも違った文化的アイデンティティをもつ人を表す言葉としても使われています。私も「ディアスポラ」を自分の利点と捉え、イチロー選手の言葉にあるように、しんどいことや辛いことに立ち向かっていこうと元気をもらいました。
 見方を変えると、違うものが見えてきます。強そうに見える人も実は弱かったことが分かったり、新しい価値観を学んだりすることともできます。ぜひ、多面的な見方を身につけるように心がけてください。外国人とともに暮らす時代となり、グローバル化が進む今、見方を変える方法は、色々な問題を解決するための手掛かりになると思います。
 
*ディアスポラの説明は、佐藤群衛著「国際理解教育―多文化共生社会の学校づくり」を参照しました。
 
 

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田中 真奈美(Manami Tanaka)
プロフィール
専門:国際多文化教育学
略歴:サンフランシスコ大学教育学部博士課程修了。サンフランシスコの保育所、小学校、高校、大学で教育経験を積む。研究領域は異文化適応の諸問題で、海外長期滞在者について研究している