第105回 世界をとらえる言葉の力

2020年6月26日 投稿者:小林 寛子

「ラブちゃん,音楽しているね」
これは,愛犬ラブが後足で耳をかいているところを見た,当時2歳の娘の一言です。
耳をかく足のトントンという音,その動きがリズミカルに思えたのでしょう。娘の一言で,犬が楽士に,その場がおとぎ話のような優しい世界に見えました。

 

「ママ~,え~っとね,あのね~,あの~,あいしてる」
こちらは,スーパーで子ども乗せ可能な買い物カートに座り,私の買い物に付き合っていた,当時3歳の息子のセリフ。そのときの私は,身体は息子と向かい合っているものの,目と心は品定めに大忙し。そんな私を振り向かせる息子渾身の一言です。
驚いて見ると,言った本人もびっくりして,同時にすっきりした顔。「そうだ,ぼく,そう言いたかったんだよ」

 

「言葉」とは不思議なものですね。
私たちは自分の外にある世界を見聞きしています。世界は物理的刺激としては誰にとっても共通に受け取られるものですが,それをどう捉えるかという枠組みは一人ひとり違います。世界を捉える枠組みに影響する一つが「言葉」です。
言葉とものの捉え方の関係については,古くは言語学者のウォーフが「言葉が私たちのものの見方を決定している」と主張しました。「英語では『snow』の1語で表される雪を,エスキモーはその状態によって区別して呼ぶ」といった例をあげて,言語によって世界を表現する方法が違うことを示したのです。
実際には,私たちのものの見方が全て言葉によって決定されるわけではありません。物理的な特徴の認識もものの見方には関わってきます。たとえば,パプアニューギニアのダニ語には色の名前が2種類しかないそうですが,ダニ語しか話せない人はさまざまな色の区別ができないかというと,そのようなことはありません。物理的な特徴を受け取る共通の認識の仕方はあります。
しかし,世界の物理的な特徴を共通に認識した上で,より詳細に捉えていく方法,たとえば受け取った世界にどのような意味をつけるのかといったことには言葉の影響がみられます。世界のありようを理解するために,言葉は大切なツールと言えます。

 

自分の外の世界だけでなく,自分の中の混とんとした感情や,ぼんやりとして形がとらえられない感覚に形を与えるのも「言葉」です。先にあげた息子のエピソードでは,息子は私に特に用があったわけではありませんが,自分の方を向いてほしかったのでしょう。その気持ちをうまく表現しようとして出てきたのが「ママ,あいしてる」という言葉であり,その言葉を発した時の息子の驚いたような顔,同時に,「あ~,そういうことなんだよな」という腑に落ちたという顔,また,「してやったり」という顔は今も忘れられません。

 

この春以降,新型コロナウィルス感染対策として,LINE,メールや電話など,主に言葉を介したやり取りが多くなっています。また,一人でいる時間が増えたことで,自分の気持ちを言葉にする機会が減っている人も多くなっているでしょう。自分の見聞きしている世界を,自分の中の気持ちをどのような言葉で伝えるか,ぜひ考えてみてください。優しい言葉で優しい世界が広がっていくとしたら,とても素敵なことだと思います。

 

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小林 寛子(KOBAYASHI Hiroko)

プロフィール
専門:教育心理学
略歴:東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学後、日本学術振興会特別研究員PDを経て現職。博士(教育学)。学習上の不適応の問題に、個別指導や授業改善を通して取り組んでいる。