第3回 たかがゲーム、されどゲーム

2014年3月13日 投稿者:岩﨑 智史

私の専門領域は認知心理学ですが、今回は専門領域とはちょっと異なるテーマでお話します。

 

世の中には一見、学問、研究と関係がないと思えるものでも、研究されていたりします。ですので、こんなものも学問になるということも知ってもらいたいと思いますので、学問、研究として縁の無さそうなものをテーマにしたいと思います。

 

ということで、今回のテーマは「TVゲーム」です。TVゲームもアニメ、マンガと同様に研究対象とされています。7、8年ほど前にニンテンドーDSソフト「脳トレ」が流行しましたし、「ゲーム脳」が話題になりましたので、特に驚かれることはないと思います。ただ、脳活動との関わりからの研究が多い印象があるかも知れません。ちなみに、「脳トレ」の一部ゲームは、人間の情報処理に負荷を与える認知課題として、知られているものもあります。

 

脳活動との関連性以外にも、ゲームはリハビリテーションの利用や運動改善プログラムにも利用されています。またシリアス・ゲームと言って、教育や社会にゲームを導入し、利用しようという考えもあります。シリアス・ゲームの例として、アメリカ陸軍が新兵募集のマーケティング・ツールとして無料配布した一人称シューティング・ゲームの「America’s Army」、WFP(国連世界食糧計画)が、国連の食糧支援活動への理解を目的とした「Food Force」などがあります。

 

さて、話を日常レベルのゲームに戻します。

 

今現在でも、子どもの頃のことでも構いません。みなさんはTVゲームをやったことはあるでしょうか。私自身はファミコン世代ですので、子どもの頃、それこそ一日中勉強もせずにファミコンをやっていました(当然、母親には怒られますが)。

 

では、なぜ、勉強はしないのに、ファミコン(ゲーム)だと長時間やり続けられるのでしょうか。要因の一つとして、課題の難易度とそのための目標設定の上手さが考えられます。ゲームの場合、何かしらの最終目標があります(RPGゲームなら魔王を倒し世界を救うなど)。ただ、ゲームを開始してすぐには、魔王を倒せません。この最終目標を達成するためには、いくつもの目標とそれに連なる課題を達成する必要があります。

 

ゲーム開始直後は、簡単な目標と簡単な課題が示されます。この簡単な課題が達成されると次の段階の課題に進みます。そしてある程度、ゲームが進んでいくと中程度の目標と課題が課されます。中程度の目標が達成できるようになると大目標と困難な課題が課されます。ゲームは、いくつかの段階を経て、最終目標が達成できるようになっています(RPGゲームをやったことがある方はイメージしやすいと思います)。ゲームの構成についてはさておき、進行状況(プレイヤーの現在の状況)に応じた適切な目標と課題設定がなされていることが重要だと言えます。このことは日常場面でも同様です。達成が容易な課題は、達成感が得られませんし、何より退屈です。また、達成が非常に困難な課題は達成できないことが多く、達成感も得られません。成果が得られないまま、困難な課題に取り組み続けるのはストレスですし、”どうせやっても無駄だ”というような無力感に陥ります(心理学では学習性無力感と言います)。

 

最後に、信長に仕えて間もない頃の木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)の話をしたいと思います。彼は、同僚と夜語りをしていた時、各々が「天下を取る」、「大国を治める」といった将来の夢を語る中、今貰っている給料を、倍程度に加増して貰いたいと話し、周りから笑われたそうです。ただし、みなさんご存知の通り、結局は天下人まで登りつめました。

 

高い目標を掲げるのは、素晴らしいと思いますが、達成できない目標では意味があるとは言えません。その意味では、適切な目標設定し、組むのが一番近道のようです。

 

たかがゲーム、されどゲームのお話でした。

 

 

岩崎智史
岩崎 智史 (Satoshi Iwasaki)
プロフィール
研究分野は認知心理学といわれる分野です。その中でも特に、個人の知識が認知に与える影響について興味があります。最近は認知と香りの関係について勉強しています。