武漢を皮切りに猛威を振るった新型コロナウイルスは瞬く間に世界中に広がり、人々の日常生活をわずか数か月間で一変させてしまいました。されど、私たちが当たり前だと思っていたどの日常よりも、今回のパンデミックが深刻な影響を与えているのは経済活動ではないでしょうか。感染拡大の阻止が第一であることは言うまでもないですが、世界中で数多くの経営者が休業や廃業に追い込まれ、世界恐慌への危機感を高めています。2020年の1~3月の世界の経済成長率は前年同期比の-6.8%を記録し、リーマンショックをも上回る経済的打撃が世界各国を襲っていることも事実です。新聞各紙の見出しには「コロナ・ショック」の文字が躍り、世界経済を牽引してきた先進国も経済新興国も、突然舞い降りたブラックスワン(黒い鳥:事前に予測できない極端な出来事の例え)にたじろぐばかりです。
 そして、この未曽有の事態の出口を探る最中で、多くの関心を集めているのが「コロナ・ショック後の世界」です。1990年代から世界はグローバル化という名のもとに国境を越えた市場において、経営資源の往来を推進してきました。今日に至るまで、アジア経済危機、同時多発テロ、リーマンショックなどとブラックスワンは幾度となく舞い降りてきましたが、その都度世界市場は何とか乗り切り、市場主義経済というスキームを維持しつつグローバル化を進めてきました。しかし、今度のブラックスワンはかつてない強敵な上に私たちの想像をはるかに超えた破壊力をもってやって来たため、出口の後の世界が見えなくなってしまっている状況にあります。
 出口後の世界が見えない大きな要因は、国際情勢の不安材料にあると考えます。リーマンショック後は、まだ経済新興国に消費余力があり、特に当時中国が行った景気刺激策の4兆元対策が世界市場の下支えとなりましたが、今はその後遺症で地方政府や国有企業の債務が急増し、不動産バブルの崩壊による景気低迷に悩んでいます。一方で、米経済もリーマンショック後は回復への期待がある程度みられましたが、今やウイルス対策が手一杯で、2020年4月の失業率は戦後最悪の14.7%となり、立て直す原動力が見当たらない状況です。更に懸念をされているのが国際社会におけるリーダーの不在です。リーマンショック後は、米国がリーダーシップを大きく発揮しましたが、トランプ政権に移行してからは、内向きで自国主義に転じたことが国際情勢の不安定さを増長させています。
 しかし、どの国もこの逆境から得た教訓が多かれ少なかれあるはずです。見方を変えれば、これまで利己主義的な利益の追求に終始してきた市場経済の在り方を反省する機会を得たとも考えられます。岐路に立たされている今だからこそ、グローバル化の功罪を振り返り、もう一度世界と手を携えることの重要性を再確認するべきではないでしょうか。
 

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郭 潔蓉(KAKU Iyo)
プロフィール
専門:東・東南アジア地域の政治経済、国際経営環境分析
略歴:ボストン大学大学院国際関係学専攻修士課程、筑波大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。代表著書に『グローバル教育の現在』他。

 桜の季節となり、日の光が心地よい時期となりましたが、生憎と昨今は連日コロナ関連の暗い話題が続いております。そんな折ですので、当コラムでもコロナ関連の話題を――具体的には、進化心理学の視点からコロナ流行と見知らぬ他者への排斥行動について――書こうとも思いましたが、楽しくなさそうな話題になりそうなので、やめました。
 という分けで、「フォント」のお話です。コラムネタを探していたら、一部ネット上で「高輪ゲートウェイ駅」(2020年3月14日暫定開業)の看板のフォントが話題になっていましたので、コロナはやめてフォントです。
 さて、話題になっていた高輪ゲートウェイ駅のフォントですが、多くの駅看板に使用されるゴシック体ではなく、明朝体が採用されています。一般的にゴシック体は留めや払いといった装飾が省略されており、線も太く、画一であるため、遠くからでも何が書かれているか見えやすい書体です(書かれている内容の見やすさを視認性と言いますが、ゴシック体は得てして視認性が高い書体と言えます)。
 一方、明朝体は留めや払いがあり、線も細いため、遠くからだと見えにくい書体です(ただし、長文の場合、ゴシック体より読みやすいといった長所があります。なお、文字の読みやすさを可読性と言います)。そのため、高輪ゲートウェイ駅の看板を見た一部の人たちから、駅看板では見慣れない明朝体に対し、違和感を覚えるとともに、視認性の低さから分かりにくいといった声が挙がったようです。
 普段、目にする標識や看板も、人の目にどのように映るかということを考えて作られています。ただ、見やすさや読みやすさに限らず、フォントは重厚さや可愛らしさといった伝えたい印象の演出にも一役買っています。色や形に比べ、注目されることは少ないですが、普段目にする雑誌や広告のフォントに注目するのも面白いかも知れません。
 

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岩﨑 智史 (IWASAKI Satoshi)
プロフィール
専門:認知心理学
略歴:立正大学大学院心理学研究科博士後期課程修了。東京未来大学 こども心理学部助手、同助教を経て現在、東京未来大学モチベーション行動科学部講師。

 実は、私、大学生の頃、かなりモテたんです!
「磯ちゃん、〇〇の授業のノート貸してくれない?」
・・・正しくは、私ではなく、「私のノート」がモテました。
 
私が学生の頃は、授業の教材といえば、テキストと、
図表だけがペタペタと切り貼りされた配布資料と、自筆のノートが全て。
自由すぎる先生の板書と口述を
上手にまとめたノートを持つことが単位修得の絶対条件でした。
仲の良い友人とは互いにノートを見せ合い、不足した情報を補ったものでした。
 
さて、貸してと言われて貸したものの、
試験直前まで戻ってこなかったり、又貸しされたりすることも多々ありました。
大学のコピー機の列に並ぶと、前に並ぶ面識のない学生が手に持っているのが、
自分のノートのコピーだったことに驚愕したこともありました。
自分が貸した相手に裏切られたような腹立たしさと悲しさと、
一方で、自分のノートが価値のあるものだと、
さらには私自身が価値あるものだと認められたような(社会的承認といいます)な嬉しさも感じ、
複雑な心境だったことを覚えています。
 
しかし、私も、貸してほしいと言われる頻度が増えると快くはありません。
一瞬、貸すのを渋るそぶりを見せると、
「今度、学食をおごるよ」という一言がついてきたり、
お菓子が手渡されたりして、相手も借りる技術を磨いてきていたように思います。
 
こんなふうに、交渉の場面で相手が引き受けてくれるかどうかを悩んでいるときに、
お菓子や学食などの特典をつけて、相手の気持ちを後押しする方法を、
社会心理学ではザッツ・ノット・オール・テクニック(特典付加要請法)といいます。
“That’s not all”とは、「これだけじゃないのよ」という意味で、
聞き手に次に続く内容への期待を持たせる言葉です。
直球でお願いをするよりも、引き受けてくれる確率が高くなるといわれます。
よく、通信販売などで、
「今ならこのノートパソコンにプリンターもつけます」としている方法ですね。
 
どんな方法だと要請や交渉がうまく展開するのかといったことは、
私が専門とする社会心理学では、
説得的コミュニケーション要請承諾法といわれる領域で検討されています。
 
ノートは、眠気と戦いながら(?)授業を聞き、
シャープペンシルの芯を減らしてノートに書きとめ、
授業外で調べた情報を加えてまとめあげたものであり、
その人にとって、いわば「授業の事典」といえます。
 
事典を編集する作業を通して、頭の中の事典にも情報が追加されていきます。
ノートを借りることはできても、頭の中の事典は借りることはできません。
作り上げられた頭の中の事典は、試験以外の機会にも使うことができます。
借りた人にお礼をするならば、学食やお菓子でもいいでしょうが、
プラスの情報をつけて事典に1ページ追加してお返ししてはどうでしょうか。
 
近年はプレゼンテーションソフトの呈示画面を配布資料としたり、
デジタルデータで資料を提供するなど、ノートの取り方も変わってきています。
最近は、授業のスライドをスマートフォンのカメラで撮影する学生もいたりします(許可なく写真を撮るのは控えていただきたいですが…)。
こういったデジタルデータも、頭の事典にしっかりと加え、
「カラー百科」を編集することをぜひ目指してほしいと思っています。
 

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磯 友輝子(Yukiko Iso)

プロフィール
専門:対人社会心理学

略歴:日本大学国際関係学部、名古屋大学文学部卒業。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得退学。同大学院助手、本学こども心理学部講師、准教授を経て現職。

 広告はそれを見て買いに来ることの効果よりも、購入時点でその広告を想起して購入することの効果に注目すべきと前回のブログで紹介しました。そして40商品の調査事例の内、「想起されやすかった広告」があり、また、「広告想起率を高めた売場の工夫」の示唆を得ることが出来ました。
 
 まず、想起されやすかった広告には、大きく2つの特徴がありました。一つめは、想像に難くないかもしれません。人気のある俳優・女優、タレントが登場する広告はそうした人物が登場しない広告に比較し、明らかに想起率に差がありました。同じ人物がいくつもの広告に登場するのも納得しますね。
 
 さて、もう一つの要素は何でしょうか?想起率の高かった広告を順番に並べて、その広告に映し出されている商品パッケージの露出時間(秒)を測定したところ、面白いことに気が付きました。想起率が高い広告ほどパッケージの露出時間が長かったのです。売場で購入者が目にするのは、商品パッケージですから、広告でそのパッケージが記憶として残っていれば、現物を見ることで記憶を再生しやすいのは当然といえるでしょう。皆さん、最近のTV広告を思い出してください。必ずパッケージが露出されていますよね。既に調査から得られた示唆がビジネスの場で実践されているのです。
 
 他方、広告想起率を高めた売場の工夫についてですが、この調査は売場を操作して新製品の販促効果を検証することを目的の一つとして設計していました。結論から言えば、商品を大量に陳列する、並べる商品(フェイス)数を増やす、見やすい場所に陳列する等の露出を高める工夫は想起率向上に寄与しました。また、ある調味料では、広告に登場したタレントの顔写真とそのキャッチフレーズを記載したPOP(売場に張り付けるポスター)を付けた場合に、付けない時の8倍もの広告想起率となりました。広告と連動した売場の仕掛の重要性が再認されました。
 
 ところで、皆さん、サービスは形がありませんが、広告想起率を高めるためにどのような工夫が考えられるでしょうか?皆さんならいくつもアイデアが浮かぶはずですよね?
 

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渡邊 隆之(Takayuki Watanabe)

プロフィール

専門:マーケティング、消費者行動
略歴:早稲田大学大学院商学研究科博士前期課程修了。(株)イトーヨーカ堂を経て、学習院大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。(財)流通経済研究所理事、創価大学・沖縄大学教授を経て現職。

 大学での学びは、教室での座学が中心となります。しかし、多くの学問は、座学だけで十分に学び取れるものではありません。私が主に担当している日本史関連の授業でも、もちろん同じことが言えます。私は江戸時代と明治時代の歴史、とりわけ両時代に形成された地域社会の歴史を専門としています。例えば、私が授業でいくら足立区の歴史を熱心に語り、どのような地域社会が形成・展開されていたのかを講じても、受講生には具体的にイメージしにくいものです。ましてや、そうした歴史の積み重ねの上に、現在の足立区が成立し、その内で、様々な形で地域社会が成立・展開していると言っても、その場へ実際に赴き、自分の目で見て、地域住民の話を聞き、さらには博物館などを訪れないと、十分な学びにはなりません。そこで、未来大では学外授業もまた重視されています。
 私は毎年、授業内で学外授業を取り入れていますが、教室の外で思いっきり学ぶ絶好の機会として、ゼミ旅行も欠かせません。3年生になると、学生は各教員の研究室に配属されて研究を行うことになりますが、そのような授業形態を一般にゼミと呼びます。山﨑ゼミでは、ゼミ生は日本史の特定分野について研究しています。そうしたゼミ生が主体となって、ゼミ旅行を実施するのです。ゼミ生の研究分野に沿った形で、行先や見学する施設などが選定されることになります。
 今年度は、3年ゼミ生が計画して、関西まで足を延ばしました。写真1のように、普段も楽しく学んでいる彼らですが、自分たちの関心に基づき、行先と見学する施設などを選定しているので、俄然学びのモチベーションもアップするというものです。写真2は、神戸の異人館の一つ英国館を訪れた際の一枚です。ここでは英国紳士であるシャーロックホームズに扮装することができます。こうした遊び心も、時に学びには必要です。本当に楽しそうですね。この後、ゼミ生たちは、江戸時代から明治時代へと移り行く中での港町神戸の変化について、熱心に学んでいました。
 

山崎先生写真1

写真1

山崎先生写真2

写真2

 

yamasaki_yoshihiro
山﨑 善弘(Yamasaki Yoshihiro)

プロフィール

専門:日本近世史/社会科教育学
略歴:関西大学大学院文学研究科史学専攻博士課程後期課程修了後、神戸大学大学院人文学研究科地域連携センター研究員、奈良教育大学教育学部特任准教授を経て現職。博士(文学)。著書に『徳川社会の底力』などがある。

 師走に入り、季節もすっかり冬らしくなってきました。クリスマスや冬休み、お正月といった多くのイベントが近づく今月ですが、東京未来大学の4年生にとって何より大きなものは卒業論文の提出でしょう。私の研究室でも4年生が「卒論(卒業論文)がストレスです!」と言い(叫び?)ながら取り組んでいます。
 
 ところで、この「ストレス」ってどのようなものでしょう。
 ストレスは、「対人関係のストレス」や「身近な人を失ったストレス」のように、心理社会的な原因によって生じるものに使われることが多いですが、その他にも、物理的(寒冷・騒音など)、化学的(飢餓・薬物など)、生物的(細菌・花粉など)といった様々な種類の原因によって生じるものです。
 その中の心理社会的ストレスに関して、Holmes,T&Rahe,R(1967)は、ストレスによる心身の病気の発病を予測するために、「社会再適応評価尺度」という尺度を作成しています。この尺度は、様々なライフイベンツ(人生上の出来事)とそれらによるストレスの強さを一覧にしたものです。様々なライフイベンツ(とストレスの強さ)とは、例えば「配偶者の死」というライフイベンツのストレスの強さは100点と最大であり、その他に「けがや病気(53点)」、「学校を変わる(20点)」などがあげられます。
 この尺度について少し前の授業で説明したところ、ある質問がありました。
 「私は何度も転校(学校を変わる)したけれど、病気にならなかったです。」
 はい、この質問のように、ライフイベントが誰にも同じく影響を与えるわけではないことを、Lazarus,R.,&Folkman,S.(1984)は「認知的ストレス理論」としてまとめています。この理論では、同じライフイベンツであってもその影響は個人差があり、それをどのように受け止めるかによって影響が異なる、つまり、病気になる人もいればならない人もいるとされています。そのため、心身の不調などのストレス反応を生じやすい人への心理学的支援(カウンセリングや心理療法)では、ストレスの原因となるストレッサーに対する受け止め方や対処方法を変えていくという援助も行われています。
 
 卒業論文は大学4年間の集大成ですので、4年生にとって「ストレス」ではあると思いますが、その分終わった時の達成感も大きなものでしょう。あと一息、最後の仕上げに励んで下さいね。
 
引用文献
Holmes,T.H.,&Rahe,R.H.(1967). The Social read-justment rating scale. Journal of Psychosomatic Research,11,213-218.
Lazarus,R,S.,&Folkman,S.(1984).Stress,appraisal,and coping.
 

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山極 和佳(Waka Yamagiwa)
プロフィール
専門:臨床心理学
略歴:早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程満期退学。早稲田大学人間科学部助手、東京福祉大学社会福祉学部講師、東京未来大学こども心理学部講師を経て現職。博士(人間科学)。臨床心理士。

 先日、奄美大島でのフィールドワークに行ってきました。公共空間のマネジメント(経営)を専門とする私の研究室ではフィールドワークを調査・研究の手法として大切にしています。事前に文献調査をみっちりやって、対象とする地域がわかったつもりになって現地に入ってみても、やはり現地でしか得られぬさまざまな情報があります。だからこそ、教室や研究室を飛び出して、フィールドワークを行う価値があるのです。
 奄美大島はかつての琉球王国の支配領域であり、沖縄本島では戦後の米軍支配から現在に至る過程で失われてしまった、古い琉球の文化の影響が残っています。首里を中心とする琉球王国の時代、首里から遠い奄美大島はかなりひどい扱いを受けてきたのですが。
 その後、薩摩藩による琉球王国への侵略があり、奄美大島は薩摩藩の直轄地の扱いを受け、今度は薩摩藩の辺境となった奄美大島はやはりひどい扱いを受けますが、奄美大島の人びとは古琉球の文化に薩摩藩の文化を接ぎ木し、奄美大島ならでの文化をたくましく創りあげてきました。その1つが公共空間における土俵の存在なのです。
 古琉球における集落の特徴の1つに琉球固有信仰に基づく祭祀施設を公共空間に置くことが挙げられます。これは奄美大島にもあります。しかし、奄美大島と沖縄本島のそれが決定的に異なるのは土俵の存在の有無で、薩摩藩による支配を受けた奄美大島は神事としての相撲を行うための土俵をこの公共空間に設けるようになっていきます。沖縄本島でも神事として相撲が行われることがありますが、伝統的な琉球相撲は土俵を必要としません。薩摩藩による支配を受けた奄美大島では、いつしか琉球相撲ではなく、私たちがいま国技館で見るような土俵を要する相撲を自らの文化に入れ、集落に1つは土俵があるような独特の文化を築き上げてきました。それゆえに、奄美大島は日本一土俵が多い島ともいわれ、相撲がさかんに行われています。実は奄美大島出身の力士がとても多いって、皆さん知っていました?
 

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森下 一成(Kazunari Morishita)
プロフィール
専門:公共空間論、まちづくり
略歴:早稲田大学大学院政治学研究科・理工学研究科修了後、琉球大学大学院理工学研究科修了(博士・工学)。学生にまちづくりを経験させてキャリア開発を促す指導に注力している。

 令和という新しい時代が始まったのが半年前。時間が経つのは早いもので、今年も残り2ヶ月ちょっとになりました。この時期にしては今年はあたたかい日が多いのでしょうが、朝夕に肌寒く感じる日も増えてきたように思います。寒くなってくるとあたたかい飲み物が手放せなくなりますよね。研究室に着くとお湯を沸かしてコーヒーをいれる、というのが私の日課です。特に真冬の時期は、あたたかいコーヒーが身も心もあたためてくれる気がします。
 でもこれ、どうやら気がするだけではないということが心理学の実験で示されています。実験はローレンス・E・ウィリアムズとジョン・A・バージが実施したもので、その研究成果は2008年に科学雑誌の『Science』に掲載されました。実験の手順と結果を見てみましょう。
 実験には全部で41人の大学生が参加しました。まず、集合場所で実験実施者と待ち合わせて、実験室に移動します。移動中、実験実施者から「メモをとりたいので飲み物を持っていてくれませんか」とお願いされます。このとき渡されたのはホットコーヒーかアイスコーヒーのどちらかでした。実験室に到着した後には、ある人物(Aさんとします)の紹介文を渡して、印象を答えてもらいました。その結果、移動中にホットコーヒーを持ってもらった場合のほうが、アイスコーヒーを持ってもらった場合に比べ、「Aさんはあたたかい人だ」という印象が抱かれていました。
 にわかには信じられないかもしれません。もちろん、劇的な印象の違いがあったというほどではありません。しかし、この実験の結果は、身体で感じたあたたかさが人に対して感じるあたたかさにつながっていることを物語っています。身をあたためて、さらには心もあたためてくれる。あたたかいコーヒーにはこんな効果もあるようです。
 さて、今日もコーヒーをいれて仕事スタートです。あなたもいかがでしょうか。コーヒーが苦手なら、別のあたたかい飲み物でもいいですよ!
 

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埴田 健司(Kenji Hanita)

プロフィール

専門:社会心理学
略歴:一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。追手門学院大学心理学部特任助教を経て現職。著書(共著)は『エピソードでわかる社会心理学』、『とても基本的な学習心理学』他。

第95回 ディアスポラ

2019年9月30日 投稿者:田中 真奈美

 在米22年を経て、日本に帰国し12年が経ちました。自分の中に日本とアメリカがあることを素直に受け入れられるようになってきましたが、いまだに時々悩むことがあります。
そんな時に、3月21日に引退を表明したイチロー選手の記者会見を見ました。その最後の言葉が印象的でした。
 「アメリカに来て、メジャーリーグに来て……外国人になったこと。アメリカでは僕は外国人ですから。このことは……外国人になったことで、人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。この体験というのは、本を読んだり、情報を取ることはできたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので。孤独を感じて苦しんだことは多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと、今は思います。だから、辛いこと、しんどいことから逃げたいと思うのは当然のことなんですけど、でもエネルギーのある元気なときにそれに立ち向かっていく、そのことはすごく人として重要なことなのではないかなと感じています。」
 経験は視野を広げるために、とても大切です。経験しないとわからないこともたくさんあります。イチロー選手は、「体験しないと自分の中からは生まれない」という表現で、孤独と戦ったことを前向きにとらえていると感じました。
 私もアメリカに渡り、外国人となり、イチロー選手と同じようなことを経験しました。言葉がうまく通じない最初の頃は、英語ができないので、馬鹿にされているのではと思ってしまったり、上手くコミュニケーションが取れないことで落ち込んだりしました。友人も少なく、孤独を感じ、落ち込むこともよくありました。
 そして、22年後に日本に帰国し、また自分の居場所がないように感じることがたくさんありました。例えば、私が当たり前と思う発言や行動が、日本人には外国人のように思われ、表面的には受け入れられているようですが、本当はそうではなく、自分が浮いてしまっているのではないかと悩むことがありました。私が友人と思っていても、相手はそう思っていないのではと悩むこともありました。
 イチロー選手のスピーチを聞いて、私の専門の異文化コミュニケーションでよく使われる「ディアスポラ」という言葉を思い出しました。ディアスポラとは、国を追われた亡国の民ユダヤ人を指す言葉ですが、トランスナショナルな相互依存関係が国民国家を超えている様々な共同体を表す概念として使われ、「ハイブリッド」な多元的アイデンティティ、つまり、母国文化とも居住地文化とも違った文化的アイデンティティをもつ人を表す言葉としても使われています。私も「ディアスポラ」を自分の利点と捉え、イチロー選手の言葉にあるように、しんどいことや辛いことに立ち向かっていこうと元気をもらいました。
 見方を変えると、違うものが見えてきます。強そうに見える人も実は弱かったことが分かったり、新しい価値観を学んだりすることともできます。ぜひ、多面的な見方を身につけるように心がけてください。外国人とともに暮らす時代となり、グローバル化が進む今、見方を変える方法は、色々な問題を解決するための手掛かりになると思います。
 
*ディアスポラの説明は、佐藤群衛著「国際理解教育―多文化共生社会の学校づくり」を参照しました。
 
 

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田中 真奈美(Manami Tanaka)
プロフィール
専門:国際多文化教育学
略歴:サンフランシスコ大学教育学部博士課程修了。サンフランシスコの保育所、小学校、高校、大学で教育経験を積む。研究領域は異文化適応の諸問題で、海外長期滞在者について研究している

 モチベーション行動科学部では1年次に基礎演習という必修科目を開講しています。今年度、私が基礎演習を担当することになり、受講生には、大学のある堀切・関屋・牛田・北千住界隈の成り立ちについて考えてもらっています。選挙権をもち、将来、民主主義社会の担い手となっていく若者にとって、自分の身の回りの社会について考え、どのように行動すべきか決めることは大切なことです。そのため、「わがまち」について考えるというテーマは、小学校から高等学校までの社会科の授業でも定番になっています。また、どのようなビジネスが、どのような時期・背景で、どのように発展・衰退していったかを知ることは、就職活動時の業界研究にも欠かせません。基礎演習は、このような身近なテーマで、大学での学びの基本スタイルを身につけられるようにと考えられています。
 授業の準備をするために、私自身、現代の国土地理院発行の地図の他、江戸時代の伊能忠敬が描いた『江戸府内図』、江戸時代の観光ガイドブックである『江戸名所図会』を頼りに、大学周辺を歩き回って想像を膨らませてみました。『江戸名所図会』は、現在の東京未来大学周辺をパノラマ図に描き、田園風景の美しい景勝地として紹介しているのですが、現在の道路や施設を図に当てはめてみると、伊能図に劣らぬほど正確な図であることに驚かされます(付図)。
 大学の正門脇の路地から牛田薬師とも呼ばれる西光院につづく小道は江戸時代から存在していたようですね。さらに注意深く見ると、大学前の通り沿いには用水路も描かれています。この用水路は、現在、見当たりませんが、マンホール下の下水道として残されていると推測できます(写真)。また、墨堤通りは、その名の通り堤防であったことが、図からも分かりますが、現在のルートとは違うところも見られますね。これは、駅付近の人通りを避けて新たに自動車道が整備されたことや、鉄橋化された綾瀬橋が新たにつくられたことによるものでしょう。《空想》とは異なり、《根拠の伴う想像》は「仮説」を生みます。どんどん「仮説」を膨らませ、あとから実際に検証していきましょう。江戸時代と現代では景色は大きく変わってしまっていますが、江戸の小道を思い浮かべながら付近を散策してみるのも楽しいものですよ。自分なりの楽しみを見つけながら学ぶというのも、大学生の学びには大切ですね。
 
 
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図:『江戸名所図会』に描かれた「牛田・薬師堂・関屋里/関屋天満宮」(現在の東京未来大学周辺)
出所:松濤軒斎藤長秋[著]・長谷川雪旦[画](1834-1836)『江戸名所図會』7巻,19冊,27~28葉(国立国家図書館デジタルコレクション[http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2563398?tocOpened=1])。東京未来大学は赤色の区画に建てられています。現在の地名・施設名を青字で記し、大通り(墨堤通り)を桃色、旧道となった道を橙色、西光院に至る小道を黄色、大学前の通り沿いの水路を水色で塗分けしてあります。
 
 
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写真:東京未来大学前の通りにあったと考えられる水路(想像図)
2019年7月10日撮影。歩道部分(水色)のマンホール下に江戸時代の用水路が眠っているようです。
 
 

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田澤 佳昭(Yoshiaki Tazawa)
プロフィール
専門:国際政治
略歴:日本大学大学院博士後期課程政治学専攻満期退学。道都大学短期大学部専任講師・同経営学部専任講師・准教授を経て現在。南シナ海・東シナ海の沖合無人島嶼・海洋境界をめぐる国際問題を研究。